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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
118/159

FILE-116 フレリアの意地

 ルーン魔術による要塞化。

〈ブラクテアート〉を使った即席で狭範囲のものだが、その中にいる限りフレリアのルーン魔術及び錬金術は効果を飛躍的に拡張させられる。


 範囲内にある全てが素材。

 範囲内は全てフレリアの手の中と同じ。


 もっと時間をかけて構築された要塞ならば人体錬成などの禁忌にすら届き得る。簡易とはいえ、要塞化したフィールドの中でのフレリアは無敵と言っても過言ではない。


 その要塞が、外から破壊されたり上書きされたりしなければ。


 周囲一面が神々しい光に包まれる。すると、〈ルーンナイト・ゴーレム〉が干乾びた土塊のように頭からボロボロと崩れ始めた。


「ごめんね。もうこの辺り一帯は〈大天使の加護〉でこっちの要塞にしちゃったから」


 純白の翼を広げ、後光を背負って空に浮かぶ少女――ガブリエラが無邪気な笑みでフレリアを見下ろした。


「う~ん、これはやられましたねー」


 要塞の上書きはただ破壊するよりも圧倒的に高度な技術だ。相手が既に構築済みの力のフィールドを無効化した上で、自身の術式を展開しなければならないのだから。


「やっぱり即席の要塞化は脆すぎますねー」


 ゴーレムがまだ動く内にフレリアは地面に降りる。困ったような言葉を口にしているが、そこに危機感はまるで感じられなかった。

 だが、実際にちょっとピンチなのである。


「やっと地面に足つけやがったな。手こずらせてくれんじゃねえか!」


 一鼓動の間にフレリアに切迫したヘルフリートが大上段から大刀を振り下ろす。地獄の炎を纏った刀身は、そのままフレリアを真っ二つに斬り裂いて焼き飛ばす威力が乗っていた。要塞を無効化してゴーレムを崩壊させたとしても、彼が決してフレリアを侮っていない証左だ。

 当然だろう。要塞化しなければ錬金術やルーン魔術が使えないわけではないのだ。

 フレリアは〈ブラクテアート〉を落とし、地面を吸い上げて錬成した大鎌でヘルフリートの大刀を受け止めた。彼も多少の肉体強化術を施しているようだが、〈力〉のルーンを刻んだフレリアの腕力も相当である。


 拮抗――したかに見えたのも一瞬。

 元より、得物の質が違いすぎた。

 ただの土塊から錬成した大鎌と、地獄の炎を纏う魔剣。加えて〈大天使の加護〉による恩恵がその力をブーストさせる。


「――ッ」


 大鎌は叩き折られ、その衝撃でフレリアの体は何メートルも吹き飛んだ。


「困りました。どうしましょう?」


 地面に背中をつけて倒れるフレリアを、黒人の青年――アレックスが見下ろす。〈アタルヴァ・ヴェーダ〉による強化魔術の専門家は、白い歯を見せて笑うと握った拳を容赦なく振り下ろす。

 鉄板に穴を穿つほどの一撃だったが、それはフレリアの顔面で寸止めされていた。


「これ以上は弱い者いじめデース。ギブアップしてくだサーイ」


 降参を勧めてくるアレックスに、フレリアは倒れたまま逡巡し――


「そうですねー。わたしだけならそれでもいいのですけどー」


 右手の指先を動かして、地面にルーン文字を刻んだ。


「チームの皆さんに迷惑はかけられませんので」


 少しだけキリッとした口調で告げるや、刻まれたルーン文字が強烈に輝いた。


「アレックス!? 離れろ!?」

「オゥ!?」


 ルーンから青白い雷が立ち上り、アレックスの肉体を貫いて天へと消える。感電したアレックスは焦げ臭い煙を全身から噴き上げてその場にどっと崩れ落ちた。


「わたしにだって意地はあるんです。せめて一人くらいは倒しておかないと」


 入れ替わりに起き上がったフレリアがアレックスの体をまさぐり始める。魔力結晶を探しているのだ。


「あの馬鹿!? 油断しやがって!?」


 クラウディアが慌てて飛び出す。だがそれよりも先に、フレリアが服の裏に隠されていた魔力結晶を発見した。


「ありました。(アン)(ドゥー)(トロワ)……いっぱい持ってたんですねー」


 三つ取り出したところでカウントはやめたが、残り数個も全ていただいて片腕に抱いた。するとそこでアレックスの意識が戻る。


「それはミーの魔力結晶デース!」


 手を伸ばすが、フレリアは後ろに飛んでそれを回避した。


「アレックス、私のを分けてやる! 持ってろ!」


 クラウディアが自分の魔力結晶を一つ投げ寄越した。キャッチしたアレックスは大事そうに懐にしまって爽やかに笑う。


「サンクス。流石ミーのフィアンセ! 気が利きマース!」

「誰がフィアンセだやっぱ返せ!?」

「返したらミーがエグジットしてしまいマース。ノープロブレム。ユーがツンデレなのはよく知ってマース」

「もうお前退場してしまえ!?」


 そんな漫才のようなボケツッコミを眺めつつ、フレリアはアレックスから奪った魔力結晶を錬金術で一つに接合する。水晶玉ほどの大きさになったそれをさらに錬成して圧縮。一個のサイズまで縮めてポケットに入れた。


「う~ん、完全に意識を飛ばしたと思ってたんですけど、やっぱり先に要塞化をなんとかしないといけませんねー。……よいしょ」


 その辺りにあった大岩を片手で軽々と持ち上げる。続いて狙いを定めるように視線を上空――宙に浮かんで〈大天使の加護〉を維持しているガブリエラに向けた。

 意図を察したフレデリックが叫ぶ。


「なんという馬鹿力ですか!? ガブリエラ!?」

「わかってるよ!」


 えいっ、と可愛らしく投擲された大質量を、ガブリエラは天使の羽を射出して迎撃。砕かれた大岩の破片が雨となって地上に降り注ぐ。


「てめえらは引っ込んでろ! 俺がやる!」


 ヘルフリートが破片に打たれながらフレリアに向かって駆け出した。先程競り負けてわかったが、〈大天使の加護〉が働いている限りフレリアでは彼に勝てない。

 勝てないなら、別にフレリアが無理して戦う必要はない。


「――ッ!?」


 なにかに気づいたヘルフリートが視線を横に向け、すぐに大刀を盾にするように構えた。次の瞬間、不可視の衝撃が駆け抜け、防いだ大刀ごとヘルフリートを大きく後退させる。


「どうやら、間に合ったか」


 衝撃が飛んできた方角に、手を銃の形にしてこちらを指差した少年がいた。


「ああ?」


 ヘルフリートは眉を顰めた。その少年だけではない。他に三人ほど、仲間と思われる少年少女たちが彼の周囲に集まってくる。


「よかった。フレリアさん、無事?」

「一人で五人を相手していたでござるか! フレリア殿は強者でござる!」

「へえ、こりゃ意外だ。あの片眼鏡野郎にただ守られてるだけのお姫様じゃねぇってことか」


 黒羽恭弥、レティシア・ファーレンホルスト、甲賀静流、幽崎・F・クリストファー。チーム『探偵部』のメンバー――フレリアの仲間たちだ。


「皆さんお揃いですねー。やっと合流できましたー♪」


 大会が始まってからずっと一人だったフレリアは、再開した仲間たちの無事な姿にひまわりのような笑顔を浮かべた。


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