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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
116/159

FILE-114 ルーンナイト・ゴーレム

 フレリアは状況などよくわかっていなかった。

 ただ、誰かが戦っているなぁ、とそれだけの認識だった。


 祓魔師の一人――ダモン・ダールマンが襲撃してきた以上、拠点としていたオアシスを離れたのはよかった。だが、移動するにも砂漠の夜は寒く昼は暑い。それが嫌だったという理由だけでフレリアは搭乗式のゴーレムを錬成し、地下を移動することにしたのだ。


 決して探知魔術を回避するためでも、敵との戦闘を避けるためでもなかった。

 それが結果として思わぬ奇襲に繋がったことにも、然したる興味はない。


「とりあえず、敵さんをみんな倒せばいいんですかねー?」


 顔見知りになっていなければ王虞淵たちも敵と看做していただろうフレリアは、ゴーレムの全身に刻まれていたルーンを輝かせた。

 両手のドリルが剣と盾になり、全体の材質がより頑丈なものへと変化する。ガコンガコンとギアをチェンジするように全身の構成が組み変わり、移動用のゴーレムが戦闘用へと再錬成されていく。

 そして、先程よりもスレンダーになった〈ルーンナイト・ゴーレム〉が誕生した。無駄な搭乗スペースも省いたため、フレリアはゴーレムの肩に立っている状態である。

 完成したゴーレムに満足そうな微笑みを浮かべると、フレリアは目下の敵と判断した五人組を見下ろした。




 その五人組の一人――警戒して大刀を構えたヘルフリートは訝しげに眉を寄せた。


「どこのチームだ? 他に仲間はいねえみてえだが」

「一人ってことは〈原初の書(オリジンロール)〉だろう?」


 クラウディアが確信はない口調で言うと、その横でガブリエラが首を横に振った。


「違うよ。〈原初の書(オリジンロール)〉は北に移動してたもん。だからあの娘は()()()()()()()()()()だと思う」

「ああ、そういえば人数が合っていませんでしたね。確か……」

「チーム〈探偵部(ズーハー)〉デース!」


 フレデリックが眼鏡を抑え、アレックスが愉快そうに白い歯を見せた。


「まあ、なんだっていい。戦場(ここ)に現れたってことは戦う気は満々なんだろ。まずはあのデカブツからぶった切って――」


 ヘルフリートが大刀の刀身に炎を宿し、地面を強く踏み込んだ時――


「えいっ」


 と。

 戦闘ゴーレムの肩に乗っていた少女――狐女がフレリアと呼んでいた――が円形の金属板を野球初心者のような下手くそなフォームで投げ撒いた。


「あ?」


 金属板が地面に落ちる。瞬間、強烈な輝きと共に地面が隆起し――いや、金属板を中心に覆うように吸い上げられ、鉄色の砲台へと形を変えた。海賊船にでも搭載されていそうな古典的な砲台だ。

 その数、十門。


「どーん!」


 間抜けた号令に呆気を取られる。だが、十の砲口が一斉に火を吹いたとあれば正気に返らざるを得ない。


「錬金術ですか。それも一度にあれほど錬成するとはなかなか」

「感心してる場合じゃねえよ!?」

「ルーン魔術も使ってるよ」


 フレデリックが即座に瞑想状態に入り、自身を中心に戦車を構成する。その陰に隠れて砲撃をやり過ごしながら、クラウディアは鏡で直撃コースのものを反転させ、ガブリエラが天使術で光の羽を射出して迎撃する。

 防御に徹しているわけにもいかない。


「ファーストアタックはミーが貰いマース!」


 こちらからはアレックスが果敢にも砲弾飛び交う中に躍り出た。


「あ、ちょ、アレックスてめえ抜け駆けは許さねえぞ!?」


 彼に続いてヘルフリートも飛び出す。

 器用に砲撃をかわして切迫する二人。それを感知したゴーレムが巨体に似合わない俊敏さで飛び上がり、広大なフィールドを身軽なフットワークで駆け回る。


「オゥ?」

「へえ、意外と機敏に動くな、あの人形」


 縦横無尽な動きで狙いを定められず立ち止まったアレックスとヘルフリートに、真横から大剣が振るわれた。

 アレックスが強化された肉体で白刃取りするが、そもそもの質量が違いすぎる。威力を相殺することなどできず簡単に弾き飛ばされてしまった。



「ノー!?」

「どいてろ! 俺が斬る!」


 吹っ飛んだアレックスと入れ替わりにヘルフリートがゴーレムの隙を突く。横一文字に薙ぎ払われた大刀が胴とぶつかり甲高い金属音を奏でた。


 ぐらり、と。

 ゴーレムの上半身が横にずれる。切断面から炎が噴き上がり、上下に侵食していく。


 だが――


「あらー? この子を斬るなんてすごいですねー」


 のんびりとした口調がその緊迫感を吹き飛ばした。

 ゴーレムの全身に刻まれたルーンが輝く。完全に胴体が分離する前に形状記憶合金のように錬成の光がゴーレムを元に戻していく。


「再生しただと? いや、再錬成か。面白えことするじゃねえか。炎まで消えてるしよ」

「強度を上げましたー。あと耐熱仕様ですー」

「ハハハハ! そんなもんで地獄の業火が防がれんのかよ! 錬金術も馬鹿にできねえな!」


 大剣が横薙ぎされ、楽しそうに哄笑していたヘルフリートは後ろに大きく飛び退いた。

 間髪入れずフレデリックが戦車で砲撃する。フレリアが錬成していた砲台は既に全て潰されていた。

 砲撃を盾で防ぐゴーレムをガブリエラが凝視する。


「ゴーレムなら『emeth』の文字があるかも」

「『e』を消せば『meth』――『彼は死んだ』って意味なって崩れるやつか?」


 ユダヤの魔術体系に伝わるゴーレムの処理方法だ。一種の自爆装置だと思えばいいだろうか。術者が簡単に処分できる反面、敵からすれば格好の弱点になる。


「ユダヤ系のゴーレムではなさそうです。そんな弱点はないでしょう」


 フレデリックが戦車の中から声を響かせる。


「狙うなら術者です」


 彼は砲台をゴーレムの肩――フレリアに向ける。


「クラウディア、彼女に反転術を」

「了解!」


 クラウディアが手鏡にフレリアの姿を映す。これで仮に逃げようと動いても、行動が反転するため彼女は止まったままだ。

 逃げなかったら動いてしまうが、本人に動く方向への意思がない場合は視線と逆――つまり後ろ向きに走ることになる。動く方向がわかっていれば狙いは狂わない。


「あれ?」


 案の定、ミサイルを視認したフレリアは後ろ向きにぐらついた。

 が、肩から落下する前にゴーレムが大きく跳躍した。鏡から外れて反転術が解除され、ミサイルも地面に着弾して爆発するだけに終わった。


「なんだったんでしょうねー。あの鏡でしょうか?」


 間抜けそうに見えて彼女も馬鹿ではなかった。術式の理論にこそ気づいてはなさそうだが、今後は警戒される。同じ手は通じないだろう。


「やはりあのゴーレムは厄介ですね。もっと直接的に術者を狙う必要がありそうです」


 フレデリックの戦車が戦闘機に変形する。浮上していく戦闘機に翼を生やしたガブリエラも続く。


「わたしはもう一度大規模にやっちゃうよ?」

「お願いします。それまでの時間は稼げるでしょう」


 フレデリックの戦闘機が飛翔する。ガブリエラは空中に静止したまま、祈るように胸の前で手を組んだ。


「ヘルフリートたちは援護を頼みます!」

「俺に指図するか、メガネ!」


 すると――轟!!

 ヘルフリートが大刀を天に掲げ、自分自身を燃やすようにして炎の柱を噴出した。


「だが、何度も錬成されるんじゃしょうがねえな! おいアレックス! まだ無事だろうな?」

「もちろんデース!」


 吹っ飛んだ先からダッシュで戻ってきたアレックスは、炎纏うヘルフリートへと白い歯を見せて笑う。


「マジになってマースね、ヘルフリート」

「ああ、気に食わねえが、メガネを援護だ! 俺たちでデカブツの足を止めるぞ!」

「オーケー! クラウディア、ユーも反転術をお願いしマース!」

「言われなくても!」


 ゴーレムの動きがぎこちなくなる。巨大過ぎて完璧に反転術がかかっていないようだが、それでもヘルフリートたちには充分だった。

 ヘルフリートが大刀で右足をぶった切り、アレックスが左足を蹴り砕く。


「ん~、もっと強くですねー」


 バランスを崩したゴーレムが再錬成される――その前に、フレデリックの戦闘機がフレリアへと迫る。

 至近距離からの火力攻め。殺してしまわないように狙いは全てゴーレムだが、その余波は確実にフレリアへと届く。


 そうなるはずだった。

 全てのミサイルがフレリアに届く寸前で()()()()と歪んだのだ。


「なっ!?」


 フレデリックの驚愕の声。

 ミサイルが錬成によって形を変える。いや、形は変わらず、向きだけが真逆になったのだ。

 つまり、後方から噴出していた推進力も逆を向き――

 まるで反射されたようにフレデリックの戦闘機が自分自身のミサイルで迎撃されてしまった。


「メガネ!?」

「ホワット!? どういうことデース!?」


 墜落する前に瞑想術を解いてなんとか無事に着地するフレデリックに安堵しつつ、ヘルフリートとアレックスは警戒してゴーレムを見上げる。

 一体彼女はなにをしたのか?

 その答えは後方で大規模術式を準備していたガブリエラが看破した。


「みんなそこから離れて! ルーンの『陣』ができてるよ!」

「「――ッ!?」」


 ハッとしてヘルフリートたちは飛び退さる。目を凝らせば、ゴーレムの周囲の地面に光るなにかが無数に散らばっていることがわかった。


「あいつ、限定的だが、戦いながら要塞化しやがった……」


 クラウディアが絶句する。それは最初に彼女がばら撒いた金属板と同じ物。しかし錬成はされず、光っているのは刻まれたルーン文字だけだ。

 それら一つ一つに力は大してなくとも、集まれば自陣に有利なフィールドを生み出す。

 ゴーレムに乗って動き回りながら、フレリアは的確にポイントを見つけてこっそり設置していたらしい。


「ルーンと錬金の拡張か。厄介だな……」


 先程フレデリックがやられたことを思えば嫌でも理解する。彼女の近くに近寄れば、ヘルフリートの大刀とて触れずして錬金術の素材にされてしまうだろう。


「あ、ちょっと待ってくだサーイ!」


 とそこで、アレックスがなにかに気づいたように首を巡らせた。

 彼は冷や汗を掻きつつ、フレリアとゴーレムに気を取られ過ぎていたことを後悔するように、その事実を告げた。


「『目』のガイと狐のガールがいませーん!?」

 

 

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