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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
115/159

FILE-113 戦場はさらなる混沌へ

 彼方から立ち昇る白光の柱を、恭弥たちは森の中を移動しながら目撃した。


「な、なによあれ……?」

「強者の臭いでござる!」


 見上げたレティシアが絶句し、静流が興奮してきたように鼻息を鳴らした。

 光は恭弥たちが向かっている方角から立ち昇っている。先程から爆撃音も連続しており、走りながらでも感じられるほど地面が揺れたことも何回かあった。


「王虞淵たちが戦っているんだろう。近くにいたチームがほぼ揃っていると思った方がいい」


 乱戦だ。

 それだけなら一日目も各地で勃発していただろうが、二日目を生き残っているチームは恐らくどれも強い。『戦闘』と表現できるレベルじゃないことは今の光を見るまでもなく容易に想像できる。


「チッ、あの光……胸糞悪ぃ気配してやがる。だが……祓魔じゃねぇな、この感じは」


 顔をしかめて舌打ちする幽崎。嫌な気配というのは恭弥も感じていた。不安とは違う。反発する磁力を思わせる、身の内にある『なにか』と対極に位置する力の波動に全身がチリチリと焦げつくような感覚だ。

 その『なにか』とは明白である。


「天使術じゃ。我が主よ」


 悪魔だ。

 恭弥の腹の辺りからぬっと顔を出したアル=シャイターンが、苦手なピーマンを見た子供のようなしかめっ面で言う。


「熾天使……とまでは流石に行かぬが、主天使クラスの力はありそうじゃ」

「天使って、そんなものを扱ってる術者がいるの?」


 人間の魂や欲望を贄として顕現する悪魔はともかく、天使という存在は基本的に現世には無干渉だと聞いている。せいぜい、信仰を対価に一時的な力を与える程度だ。


「天使自体はおらぬのう。気配がないし、人間に力を付与しているようにも思えん。人間そのものが天使の術を使っておるだけのようじゃ」

「エノク語か」


 恭弥は術の正体を察した。

 エノク語――十六世紀の大学者が天使から啓示されたと伝えられる言語である。天使と直接交信することが可能であり、彼らが扱う力の一部もエノク語を魔術に組み込むことで再現できるらしい。


 それが、天使術。


「なんにしても強そうでござる。拙者、ワクワクしてきたでござるよ!」

「あたしは不安でしかないわよ……」


 瞳を輝かせる静流に、レティシアは疲れたようにげんなりした。

 敵は天使術の術者一人ではないのだ。負けるつもりは毛頭ないが、王虞淵たちと共闘したとしても苦戦は免れないだろう。


        ☆★☆


 恭弥たち『探偵部(ズーハー)』とは反対側の森の境目――戦場となっている荒野エリアがかろうじて視認できる位置に『特待生(ジェレーター)』の五人は待機していた。


「見えたかい、今の?」


 立ち昇った白い光だけではない。それまでの戦闘全てに対してグラツィアーノ・カプアは仲間たちに問いかけた。


「凄まじいな。あれが第六階生(アデプタス・メジャー)か」


 木の上から猟銃のスコープで戦場を監視していたオレーシャ・チェンベルジーが驚嘆を滲ませた声で答えた。その木に凭れかかって腕を組んでいるユーフェミア・マグナンティがグラツィアーノを見る。


「はっきり言ってくれ、グラツィアーノ。ボクらでアレに対抗できるのか?」

「どうだろうね? 僕らだけじゃ無茶かもしれない」

「曖昧だね。はっきり言えと言ったはずだよ」

「ならはっきり言おう。――()()()()()


 ただでさえ乱戦だ。イレギュラーが多過ぎてグラツィアーノの数秘術を持ってしても未来は計算できない。

 だが、あえて口にしていないが、はっきりしていることは一つある。

 なにが起ころうとも、あの戦いに加われば、グラツィアーノたちは全員無事では勝利できないということだ。


特待生(ジェレーター)と言われても、俺たちは所詮新入生(ニオファイト)だ。半人前が束になってかかったところで先輩と勝負になるかどうか……」

「半人前はルフルフだけじゃない? シャオなら一人でだって戦えるよ! そりゃ!」


 ランドルフ・ダルトンが弱気なことを言うと、背の高い彼に無理やり肩車して戦場を見ていた孫曉燕がその頭から髪の毛を毟り取った。


「痛った!? おい、やめろよハゲるだろ!?」

「ルフルフは坊主の方がカッコイイよ?」


 無邪気に、だからこそ嘘ではない曉燕の言葉に――ぶっ! とオレーシャとユーフェミアが同時に噴き出した。


「孫の自信は見習わないといけないな。逃げる選択をするのは簡単だが、これは先輩たちと試合えるいい機会だ」

「ま、やるからにはボクらが勝つよ」


 逞しすぎる女性陣たちにグラツィアーノは苦笑し、あの渦に飛び込む覚悟を決めて数秘術を展開した。


「問題は、どのタイミングで参戦するかだね」


 体の周囲を高速で回り始める数字の羅列を目で追いつつ、グラツィアーノは最も勝算の高い好機を分析する。


        ☆★☆


 そして、場所は戦場に戻る。


 光が収まり、焼け野原をさらにこんがり焼いた荒野エリアに立っている者は――九人。

 チーム『シークレット・シックス』の五人と、『ノーブルナイツ』の二人、そして王虞淵と九十九だ。


「部下は全滅だねぇ」

「あてもや」


 広範囲に容赦なく降り注いだ天使の輝きは、流石の王虞淵と九十九でも部下まで庇うことはできなかった。

 部下たちは光が収まった時には既に消えていた。所持していた魔力結晶が全て破壊されて転移したのか、それとも肉体ごと蒸発してしまったのか。

 後者であれば彼らは失格になるわけだが、そのようなヘマをやらかす雑魚ではない。


「アハッ、大丈夫だよ。魔力結晶だけ壊すように術式を編んだからね」


 天使の輪を頭上に乗せ、後光を背負うような神々しい光の翼で空に浮かぶ少女――ガブリエラが幼い容貌に似合う天真爛漫な声でそう告げた。

 直撃したとしても死にはしない。魔力結晶だけを砕く術式。今この瞬間に編纂したわけではないと思うが、聞くだけでも高等な技だ。


「うんうん、もう奪うより壊した方が効率はいいからねぇ」


 そも、エノク語を天使術に昇華している時点で『所詮は学生』と呼べるレベルの魔術師ではない。他の四人についても同様だ。


「さてさて、いよいよもって僕らも遊んでいる余裕がなくなってしまったようだ」

「どうするえ、王はん?」


 王虞淵と九十九はまだほとんど無傷とはいえ、チームとしての戦力は大幅に削ぎ落されてしまった。

 ()()()はもうない。

 だが、おかげで敵の力はだいたい把握できた。

 ならば――


「そうだねぇ、とりあえず」


 王虞淵は自分の背後に複数の『目』を開き、

 九十九は九本の尻尾の先に青白い狐火を宿して、


「悪は滅ぼす!」

「覚悟せよ!」


 こんな状況でも王虞淵たちを最優先に襲撃してきた『ノーブルナイツ』の二人を、振り向きもせず撃滅した。


「君らが邪魔だねぇ」

「背後から奇襲とは、正義が泣いてはるなぁ」


 ディーノは『目』から射出された光線の雨に貫かれ、絶命はしていないが所持していた魔力結晶は全て的確に撃ち抜かれた。

 オンディーヌは九本の尾から放出された超火力の狐火に身を焼かれ、騎士服諸共に魔力結晶を溶解させられた。九十九の火加減が絶妙なのか防御が間に合ったのか、裸に剥かれはしたがやはり死んではいない。


「……無念」

「願わくば、我らの意思を継ぐ者に勝利を」


 転移が始まる二人に、王虞淵と九十九は見向きもしない。『シークレット・シックス』という新たなる強敵が現れた以上、弱っていた彼らなどもはや周囲を飛び回る小蠅程度の認識だった。

 その新たなる強敵たちは……なにやら揉めているようだった。


「ガブリエラ、あとメガネも、てめえらがやると俺がつまんねえんだよ! 引っ込んでろ!」

「えー、いいでしょ別に!」

「ヘルフリート、あなたは遊び過ぎるんですよ」

「どうでもいいけど、『ノーブルナイツ』の方倒されちまったぞ?」

「ノー!? ミーのバトル相手が!?」


 ガヤガヤと言い争う第六階生たち。犬猿というよりは仲がいいからこその口論に見える。

 故に、隙だらけだった。

 王虞淵も九十九も彼らの会話が終わるまで待つような善人ではない。あくまで大会――イベントとして楽しんでいるだけの一般生徒たる彼らの頭上に光線と狐火をぶちかます。

 が、空中でエノク語が輝き、発生した光の壁に全ての攻撃が阻まれた。


「きったねえな、あいつら!? こっちは作戦会議中だっての!?」

「え? これ作戦会議だったの?」

「隙を見せた我々が悪いと思いますが?」

「まあ、敵前で会議ってのも失礼っちゃ失礼だな」

「ミーでもこれハッピーと狙いマースね」


 奇襲を防いで意識をこちらに向けてきた五人に、王虞淵は苦笑し九十九は舌打ちした。だが、このまま彼らが学生気分でいてくれたなら勝機はありそうだ。

 ヘルフリートが大刀を肩に担いで前に出た。


「俺がやる。手ぇ出すなよてめえら」

「……はぁ、わかりました。残りは二人です。あなたの好きなようにするといいでしょう」


 フレデリックは諦めたように眼鏡を押さえて溜息を吐く。その横でガブリエラが天使化を解除して地べたにぺたんと座り込んだ。完全に見物モードである。


「ま、私もヘルフリートに任せるよ。無駄に疲れることもないだろ」

「ならその間にミーと愛をトークしまショウ!」

「しねえよ馬鹿!?」


 クラウディアとアレックスも戦いは諦めたようで、漫才のような遣り取りを始める。負けるなど微塵も思っていない余裕。それほどまでにヘルフリートという男を仲間たちは信頼しているのだろう。

 若くても組織を束ねる者と、幹部まで上り詰めた者を前にして――まったくもって舐められたものである。もっとも、彼らはそんな事情など知らないだろうが。


「さて、どっちから戦る? 両方まとめてかかって来てもいいんだぜ?」


 大刀に〈地獄の業火〉を纏わせ、ヘルフリートは好戦的に舌なめずりをした。

 その時――


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!! と。


 地鳴りのような轟音が、足下から突き上げるように響いてきた。


「あ?」


 怪訝な顔をするヘルフリート。


「なんや、この音?」


 正体がわからず周囲を警戒する九十九。


「……」


 だが、王虞淵だけはこれからなにがやってくるかを把握し、ニヤァと唇をシニカルに歪めた。


 そして――爆発。


 王虞淵と九十九、ヘルフリートの丁度中間。

 大地が、噴き上げるように空へと舞い上がり――



 巨大な人型が、そこから這い上がってきた。



 鋼鉄の体に、地面を削り進むためのドリルの両腕。ディーノ・ドナートが召喚した大賢樹ほどではないが、腕も足も胴体も太く分厚く、その巨体は非常に力強い印象を見る者に与えた。

 パカリ、と巨人の頭部が半分に割れる。

 いや、開く。



「ふはぁ~……久しぶりにお外に出た気がします~♪」



 巨人の開いた頭はコックピットのような部屋になっており、その椅子に座った少女が「うーん」と呑気にも伸びをしていた。


「フレリア・ルイ・コンスタン!? まさか、ずっと地中におったんかいな!?」


 驚愕に目を見開く九十九。彼女たちがいくら『地上』を探知したところでフレリアを見つけられなかった理由がこれだ。

 王虞淵だけが見ていた。フレリアがダモン・ダールマンを討ち破り、そのまま拠点を後にしてゴーレムを生成し、地中に潜った後もずっと。

 こちらに来るように『目』を使って誘導もした。

 タイミングとしては、まあまあだ。


「あ、やっと知ってる人を見つけました~。お久しぶりです~」


 巨人の頭から手を振るフレリアに王虞淵も薄く笑いながら手を振り返す。緊張感という言葉を辞書に綴り忘れたのではと疑いたくなる少女だが、彼女以上にイレギュラーな存在はいないだろう。


 フレリアが現れたことで、戦況が凶となるか吉となるか。

 少なくとも第六階生を引っ掻き回してはくれるだろうと、王虞淵は瞼の下で密かに期待していた。


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