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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
113/159

FILE-111 バアム・フォルク

 ディーノ・ドナートとオンディーヌ・クリスタンテは同郷の名門貴族に生まれた幼馴染だった。

 両家とも魔術にも造詣が深い家系であり、そういった表沙汰にはできない犯罪等を取り締まる役目を担っている。ドナート家はドルイドの系譜を代々引き継いで研究し、クリスタンテ家は地元の古い泉に伝わるマイナーな雨乞い伝承を精霊魔術として昇華していた。

 彼らは物心ついた時から正義について指導され、本人たちも競い合いながら常に心を正しくあろうと努力してきた。そんな二人が入学してすぐ学院警察に志願したことは自然の理だろう。


 最初は魔術対抗戦になど出場するつもりはなかった。見世物としての戦いになど興味がないからだ。

 だが、ワイアット理事長から巨悪が紛れ込んでいると聞かされては黙っていられなかった。


 危険な宝貝の密売等で近年進出してきた中国マフィア〈蘯漾〉。

『人間は世界のために文明を捨てるべき』という破壊的な思想を説く狂信集団〈ルア・ノーバ〉。


 他にもいくつかあるが、今、対峙している悪はこの二つだ。

 彼らがなんの目的で大会に参加しているのかは知らない。ワイアット理事長はなにか知っていたようだが、それは恐らく学院警察には公開できない暗部の闇だろう。

 別に暴こうとは思わない。正義を貫く二人だが、『必要悪』という言葉に理解がないわけではなかった。ここは総合魔術学院。秩序のために秘匿しなければならないなにかがあったとしても不思議はない。


 寧ろそれを知ることこそが、悪。

 ならばやはり、目の前の敵を斬ることが彼らの正義だ。


「クリスタンテ、今一度『恵みの雨』を。〈賢樹の戦士(バアム・フォルク)〉を召喚する」

「承知した」


 ディーノは綿毛のついた『種』を風に乗せてばら撒く。それにタイミングを合わせ、オンディーヌが再び水精霊を操って上空から大量の水滴を広範囲に散布した。

 雨に打たれて地上へと落ちた『種』は即座に発芽し、屈強な大樹の人型まで成長して自らの足で歩き始める。

 木製のゴーレムとも呼べるドルイドの使い魔だ。一体一体が全長ニメートルを超え、鋼鉄に近い硬度の樹皮を持ち、太く逞しい四肢を用いて敵を薙ぎ倒す。活動するための力は自然から取り込むため、『種』さえあれば術者の魔力や生命力を消費することはない。


 それがざっと五十体。


 ディーノ個人だけであればそれら全て成長させるのに何時間もかかったことだろう。だがオンディーヌの魔力と栄養をたっぷりと詰め込んだ『雨』が加わればこうも速い。最初に場の土壌をリフレッシュしていたことも大きく影響している。日光が人口太陽でなければもう少し強力な個体になっただろうが、それは少々高望みだろう。

 しかし、数の差を圧倒的に覆した正義の軍隊を前に、顔を青くしたのは悪の部下たちだけだった。


「なんや。わさわさとけったいなもん召喚しおったえ」

「雨も止まないねぇ。燃やせるかい?」

「あての狐火が雨ごときに消されると?」


 王虞淵と九十九は顔色一つ変えず、寧ろ不適に笑みさえ浮かべて襲いかかる〈賢樹の戦士(バアム・フォルク)〉たちを迎え撃った。

 紅い狐の耳を頭に、九本の尻尾を腰から生やした九十九が青白い炎の弾丸を放つ。直撃した〈賢樹の戦士(バアム・フォルク)〉は数秒間もがいた後、虚しく灰となって大地に還った。

 続いて空中に大量の『目』が開く。


「僕も、対多数は得意でね」


 それらから一斉に射出された焦熱の光線が軍団の真上に降りかかった。歩兵が戦闘機からの爆撃を受けるように、〈賢樹の戦士(バアム・フォルク)〉たちは成すすべもなく塵と化していく。

 当然討ち漏らしは出るが、数体程度であればそれぞれの部下たちでも対応はできるらしい。宝貝や魔術を駆使して確実に一体ずつ屠っていく。


「自然を術に使てるとこはあてらの教義的には感心やけど、手応えなさすぎやえ」

「……妙だね。止まない雨。物量だけの雑兵。術者たちは動かない」


 気づかれたようだ。さっきまで自分たちの剣で斬り捨てる戦法を取っていた二人が、今は司令塔のように微動だにしていないことに。


 だが、もう遅い。

 大きな歯車がずれたような音が地面の下から響いた瞬間、大地が激しく振動した。


「地震やえ?」


 それでも九十九は狼狽えない。が、王虞淵の方は状況を理解したのか無言で様子を窺っていた。


 ボゴン!! と。


 彼らの足下から、巨大な樹の根が突き上げるように地表へと出現した。大地が引っ繰り返り、無数の根が丘を崩して地形すら変えていく。

 王虞淵たちは巻き込まれる前に飛び退いていた。別にそれは構わない。『それ』が出現するだけで倒れるような連中であるならば、そもそもディーノとオンディーヌだけで簡単に片がついたはずだ。


「うんうん。なるほどねぇ、アレを呼ぶための時間稼ぎだったわけだ」


 王虞淵が目を閉じたまま見上げる。

 ディーノとオンディーヌの背後に、天を衝くほど高く聳え立った巨木が出現していた。否、ただの木ではない。無数の枝の腕と根の足を持つ〈賢樹の戦士(バアム・フォルク)〉――ディーノは『大賢樹』と呼んでいる。

 その場で腕が振るわれる。それだけで数十メートルの距離を取っていた王虞淵たちに届く。


「これはこれは」


 王虞淵は『目』の光線を集中させて迎撃するも、完全には相殺できず衝撃波で部下諸共吹き飛んでしまった。それは上空に避難していた九十九たちも同様だった。

 まだ、雨は止まない。

 大賢樹の根元から次々と通常サイズの戦士たちが生えてくる。


「首領!? 流石にこれでは!?」

「九十九様!? 一度退きましょう!?」


 部下たちは悲鳴を上げていた。


「逃げるならば背を向けるといい」

「だが、その瞬間に勝負は決するだろう」


 大賢樹の腕に乗ったディーノとオンディーヌが高所から見下ろしつつ告げる。どうやら連中は『所詮は学生レベル』と心のどこかで侮っていたようだが、そうではない生徒も少ないながらも存在している。

 入学時点で自分たちの魔術を既に極めていた生徒は、大抵は目的が別にある。王虞淵たちもそうだろうし、ディーノとオンディーヌも魔術世界をより深く知るためにこうして生徒となった。

 それに『総合魔術学院を卒業した』という()はそれだけで一流以上の魔術師の証明である。


 ディーノとオンディーヌの眼前で『目』が見開く。

 射出された光線を、ディーノは樹の蔓で、オンディーヌは水の壁で防いだ。しかし防ぎ切れなかった光線が二人の腰を掠る。そこに隠してあった魔力結晶が撃ち抜かれて爆ぜた。

 一個失ったところでまだストックはあるが……恐らく、奴は魔力結晶を隠した位置を全て把握している。

 するつもりは毛頭ないが、やはり油断ならない。


「まだ逃げるには早いねぇ。だって、そろそろ来るんだから」


 王虞淵は尚も余裕を見せている。その閉じた瞼の裏になにが映っているのか、ディーノとオンディーヌにはわからない。だが、ハッタリではなさそうだ。


「来る? 探偵部の援軍ですか?」

「いや、援軍ではないよ」


 部下の問いに王虞淵が首を振って否定した、次の瞬間――


 カッ!! と、空に光の亀裂が走った。


 あまりの眩しさにディーノとオンディーヌも目を細める。


「なんだ?」

「空が、割れ」


 亀裂から光の壁が大地へと突き刺さる。それは地上に蔓延っていた〈賢樹の戦士(バアム・フォルク)〉を一瞬にして焼き尽くし、凄まじい熱と衝撃と光量で戦場そのものを吹き飛ばした。

 大賢樹だけは地面に根を下ろして堪えている。


「そこをどけ、デカブツ」


 真っ白に染まった視界の中で、その男の声はやけに鮮明に響いた。


「俺が通るぜ!」


 刹那、大賢樹の胴体に斜めの赤い線が刻まれた。斬られたと知った時には既に遅く、斬り口から真っ赤な炎が発生し、とんでもない速度で大賢樹を蝕んでいく。

 倒れる大賢樹からディーノとオンディーヌは飛び降りた。大賢樹が一撃で斬り倒され炎上したことは驚愕だが、そこで動揺はしない。想定外のことでいちいち狼狽していては命取りだからだ。


「チーム『シークレット・シックス』か」

「我らが討つべき悪ではないが、邪魔をするなら容赦はせん」


 ようやく回復した視界の奥に、五人の新たなる敵が出現していた。


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