FILE-109 ノーブルナイツ
恭弥たちが動き出して間もなく、南側――荒野エリアにて最初の戦闘が勃発しようとしていた。
「うん、来たみたいだね」
なだらかな丘の上に陣取った王虞淵は、こちらに真っ直ぐ歩いてくる者たちを閉ざされた瞼のまま見据えた。
多角的な視界にはっきりと映る、二人の騎士。
前を大きく開いたマントのようなゴシックコートにアイアンプレート。青年の方は全体的に緑を基調としており、左側の腰には長剣を佩いている。女性の方は青色をベースにズボンではなくスカート、佩いている長剣は右側だった。
「わざわざご足労感謝するよ。罠を承知でやってきたってことは、ただの馬鹿でも雑魚でもなさそうだねぇ」
まるでファンタジーな異世界から迷い込んできたような格好の対称的な二人は――チーム『ノーブルナイツ』。学院警察のトップではないにしろ、実力は双璧を成すと言われている第五階生だ。
王虞淵が仕掛けた罠など強引に捻じ伏せる自信くらいはあるのだろう。
「中国マフィア〈蘯漾〉の首領――王虞淵」
「我らの正義を執行する」
両者は同時に剣を抜き、同時に地を蹴って加速した。
「いきなりだねぇ。もう少し会話を楽しむ余裕くらい持った方がいいよ?」
王虞淵は動かない。代わりに両脇から部下が飛び出し、両手に構えた青龍刀で彼らの剣撃を受け止めた。
「問答など無用」
「悪は滅ぼすべし」
激しい剣戟の音が鳴り響く。王虞淵の部下も故郷の中国で厳しい修行を越えてきた猛者たちであるが、『ノーブルナイツ』の二人は一歩も譲らない。互角以上に戦っている。
先に仕掛けたのは緑の騎士だった。
「――ッ!?」
彼と戦っていた部下の体から何本もの蔓が伸びてきた。巻きつくようにして体を締めつける蔓に部下は苦悶を表し、大きく飛び退って青龍刀で切り落とす。だが蔓は再び伸びはじめ、部下の顔色がみるみる悪くなっていく。
「と、首領、これは?」
「……寄生木、だねぇ」
森や木々と密接な関係のあるケルト宗教――ドルイドの術式だ。オークの木に寄生したヤドリギを珍重し、それを用いてあらゆる毒の解毒剤などを作っていたとされる。
人間を養分にするヤドリギとはえげつないことをする。おかげで部下が三秒前より遥かにやつれているように見える。
「厄介なのはそっちの彼女もか」
王虞淵は顔をもう一人の部下と戦っている女性騎士に向ける。彼女の周囲には三つの水球が浮遊し飛び回り、剣技に合わせて王虞淵の部下を押し流すように吹き飛ばした。
「水の精霊使いってところかな。うんうん、水と植物。いい相乗関係だ」
精霊が上空で散開し、スプリンクラーのように周囲に水を散布する。
すると荒れ果てていた大地から植物の芽が生え、ものの数秒で辺り一面が新緑で覆い尽くされた。荒野エリアの一部が草原エリアに成り代わってしまえば、彼らの――特にドルイドの力が大幅に増すだろう。
「ほら、あっという間に彼らのフィールドにされちゃったねぇ」
「首領! 感心している場合では!」
ヤドリギのせいでそろそろ立っていられなくなったらしい部下を手で制し、王虞淵は不敵な笑みを刻む。
「大丈夫、この程度じゃ僕の宝貝――〈千里万眼〉は潰せない」
瞬間、天空と地面の双方で夥しい数の『目』が見開かれた。それを見て『ノーブルナイツ』の二人が慌てなかったことは流石だが、全ての『目』が一斉に輝き始めたことで顔色を変える。
爆光と轟音が丘の周辺を容赦の欠片もなく吹き飛ばした。
土煙がもうもうと立ち込める。そんな最悪の視界の中でも安定して敵を監視しつつ、王虞淵は漢服の懐から取り出した小瓶をヤドリギに寄生された部下に差し出した。
「それを飲むといいよ。体の異物を浄化する仙水だからヤドリギも落ちるはずだねぇ」
「あ、ありがとうございます!」
受け取った部下は一気に小瓶の中身を飲み干した。すると彼に巻きついていた蔓が朽ち果てるようにボロボロと崩れ落ちていく。少々勿体なかったが、ここでこちらの人数を減らされるわけにはいかないのだ。
と、そこにもう一人の部下が戻って来た。
「首領、敵は?」
「んー、まあ、あの程度でやられるなら今まで生き残ってないよねぇ」
王虞淵の〈千里万眼〉は言葉の通り千里――とまではいかないが、少なくともこのバトルフィールド全域をカバーできる超範囲に無限とも言える視界を展開する宝貝である。飛ばした視界は『目』の形をして顕現し、先程やったように『視る』だけでなく攻撃にも転用可能だ。
その本体は閉じた両瞼の裏側にある。つまり、義眼だ。瞼を閉じている限り仙術は発動し続け、たとえ土煙が立ち込めようと、どこへでも出現させられる視界は常に敵を捕捉する。
だから、全て『視』えている。
二人の騎士が、先程までなかった巨木の無数の枝葉に包まれるようにして攻撃を防いだことは。
「まだいけるか、ドナート?」
「そちらこそ怪我はないか、クリスタンテ?」
ドルイドの騎士――ディーノ・ドナート。
水精霊の女騎士――オンディーヌ・クリスタンテ。
互いの無事を確認し合った二人は、土煙が消え、枝葉が開くと同時に突撃を開始した。空中に展開された『目』から射出される光線を紙一重で回避。剣を刺突に構え、彼ら自身が二本の矢となって余裕にもその場を微動だにしない王虞淵へと迫る。
だが――
「なんや? 苦戦しとるんえ?」
どこか艶めかしい声が空から降って来た瞬間、ディーノとオンディーヌは直感的な動きで突撃を中止して後ろに飛んだ。
その数瞬後。
あのまま突っ込んでいたら確実に直撃していただろうコースに、青白い炎が壁を造るように燃え広がった。
無論、王虞淵はこうなることを知っていて動かなかった。
「遅かったねぇ、九十九さん。この荒野エリアにいたはずだろう?」
ニヤけた顔で王虞淵は天を仰ぐ。そこには紅の毛並みをした九尾の狐が浮かんでいた。
「王はんらだけでどうにかなるんやったら、あてらが無駄な体力を浪費せんでええかと思ってなぁ」
狐が人語で返す。彼女――〈ルア・ノーバ〉の九十九は、九本の尻尾の先に青白い狐火を灯し、それらを弾丸として地上へと撃ち放った。
「〈ルア・ノーバ〉の九十九だ」
「悪が増えたか」
オンディーヌが精霊に指示を出す。水の弾幕が張り巡らされ、降り注ぐ狐火を片っ端から相殺した。
「まあ、別に苦戦はしてないんだけどねぇ」
「ほんならあてらは見物でええんか?」
「いやぁ、そこは手伝ってくれると面倒が減って助かるねぇ」
狐が地上に降りる。背中に乗っていた三人の部下が離れると、狐の躰が青白く炎上して一人の女生徒へと姿を変えた。
「我らの敵が七人となったな。攻め続けるか、一度退くか」
「問題ない。増えたのならば丁度いい」
たったそれだけの遣り取りで学院警察の双璧は意思を統一した。剣を構え、術式を展開し、王虞淵と九十九という強大な敵に臆することなく叫ぶ。
「「まとめて処分する!」」
☆★☆
その戦いの様子を遠くから眺めている者たちがいた。
「いいねぇいいねぇ。いい具合に戦場が温まってやがる」
赤熱した大刀を地面に突き刺し、裾を破った制服の男子生徒は愉しそうに笑った。
「そんじゃあ、俺らもどかっと参戦しようぜ!」
チーム『シークレット・シックス』の第六階生たちも、乱戦に加わるべくして進軍を開始した。




