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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
110/159

FILE-108 行動開始②

 中央エリア西――チーム『原初の書(オリジンロール)』の場合。

 地面に描かれた魔法陣に佇んだ〈地獄図書館(ヘルライブラリ)〉の司書の周囲を、数冊の魔導書が円運動している。忙しなく勝手にページが捲られ続けるそれらが、各チームの状況を直接彼の脳へと伝えてくれる。

「このまま北上してもしなくとも、祓魔師どもと当たるのは必然か……ならば」

 そう呟くと、〈地獄図書館(ヘルライブラリ)〉の司書は探知術式を解除して何処へと歩き始めた。


        ☆★☆


 中央エリア・荒野エリア・森林エリアが接する境界――チーム『一目五先生』の場合。

 上空に地上、そこから見える天地の全てに無数の『目』が浮遊していた。その『目』の一つ一つが、多方向からそれぞれのチームを監視しているのだ。

「うんうん、この辺りが戦場になると思い込んでいるお馬鹿なチームがわらわらと群がって来そうだねぇ」

 瞼を閉ざしたまま全チームの様子を視認している〈蘯漾(とうよう)〉の首領――王虞淵(ワングエン)は口元に酷薄な笑みを刻んだ。

「どうしますか、首領?」

「もちろん、迎え撃つよ。『探偵部』と〈ルア・ノーバ〉にもそう伝えよう。そろそろ僕たちも結託した方がいい頃合いだよねぇ」


        ☆★☆


 荒野エリア――チーム『紅狐』の場合。

 青白い狐火が方陣を描き、離れた場所にいる各チームを幻想的に映し出している。それらを眺める〈ルア・ノーバ〉の幹部――九十九つくもも参加者たちが一斉に動き出した状況を楽しむように笑っていた。

「王はんのチームと、幽崎はんのチームと、そしてあてらのチーム。予想より近くにおったなぁ。なんや他んとこから狙われとるみたいやし、共闘するんもアリやえ」

「素直に共闘してくれるでしょうか?」

 部下の不安そうな疑問の声に、九十九はカラコロと笑いながら腕を一振りして全ての狐火を消し去った。

「敵がおるうちは心配せんでええよ。問題はその後。どんだけ自陣の戦力を残しておけるかが勝負の鍵になるえ」

「逃げに徹した方が?」

「それも一つの手やなぁ。……ただ、心配ごとが一つ」

 九十九は掌の上に小さな狐火を宿す。陽炎のように歪んだ空間に今まで見ていたものとは別の景色が映し出される。


「『探偵部』のフレリアはんだけ、どこにおるんかわからんえ」


 そこは見渡す限り人間どころか動植物の影すらない、寂寞とした砂漠エリアの光景だった。


        ☆★☆


 中央エリア南西――チーム『探偵部(ズーハー)』の場合。

 目を瞑ったレティシアの周囲にタロットカードが浮遊し、大規模な術式として探知の波動を放っている。

 そうやってフィールド全域を走査している彼女の表情には、明確な『焦り』の色が浮かんでいた。

「……ッ」

 彼女の頬を汗の玉がつーっと流れる。なにか深刻な事態が発生しているのだろう。恭弥は集中を阻害してしまうことを承知で彼女に訊ねることにした。

「近くに敵がいるのか?」

「……いえ、敵はいないわ。さっきの司書が一人だけ」

「なら、なにをそんなに焦ってるんだ?」

 その答えは予想していた。敵が近いなら彼女は探知を続けてなどいない。さっさと報告して臨戦態勢を整えていたはずだ。

 レティシアは一度探知を中断して恭弥たちを振り向く。

「フレリアさんが近くにいないのよ。ていうか、()()()()()()()

「どういうことでござる?」

 眉を顰める静流にレティシアは首を横に振った。

「わからないわ。もしかすると、この少しの間に敵と出会ってしまったのかも」

「フレリア殿はやられてしまったでござるか!?」

 驚愕する静流だが、その可能性は大いにあり得る。フレリアはチームの中で一番戦えそうにない――どちらかと言えば、九条白愛のような拠点を構築して支援するタイプだと恭弥は思っている。移動中に襲われたのであれば一溜りもない。

「だとすりゃ、このまま祓魔師どもを叩きに行くべきじゃねぇかぁ?」

 早く暴れたそうな様子で幽崎がそう提案するが――

「やめた方がいい。その場合、たとえ勝っても疲弊したところを〈蘯漾〉や〈ルア・ノーバ〉に襲撃されるだけだ」

 その点については〈蘯漾〉や〈ルア・ノーバ〉だけではない。今は大人しく仲間ごっこをしてくれているが、幽崎だって危険人物の筆頭である。

 祓魔師という共通の敵がいなくなった後、彼がどのような行動に出るか予測がつかない。少なくともいつまでもチームメイトではいられないはずだ。

「ひっ」

 とその時、レティシアが短い悲鳴を上げた。

「み、みんなアレ見て!」

 そう言って彼女は近くに生えていた木の幹を指差す。そこには三十センチメートルほどの、潰れたラグビーボールのような平べったい楕円形の物体が出現していた。

 肌色の幕が開き、現れた眼球に恭弥は顔を顰める。

「『目』……王虞淵か?」

 中国マフィア〈蘯漾(とうよう)〉の首領。これは彼が扱う宝貝の能力だ。

『やあ、探偵部の諸君。もう知っているだろうけれど、間もなく南側で激闘になる。手を貸してくれないかい?』

 声ではない。

 眼球から放たれた小さな光が空中にそのような文字を描いたのだ。

「南側で激闘でござるか?」

 心なしか静流がウキウキした様子で探知を行っていたレティシアを見る。

「そうね。確かに南側にいろんなチームが集まろうとしていたわ」

「共闘しろということか」

「ヒャハハ、無視っちまうか? つーか、この目ん玉ぶっ刺したらどうなるんだぁ?」

 幽崎がその辺の木の枝でなんの躊躇いもなく『目』を突いた。するとその『目』は幻のように空気に溶けて消え、別の木の幹に再び同じものが出現する。

『悪いねぇ。僕は視ることしかできない。なにか喋ってるようだけど聞こえないよ』

「チッ」

 刺せば本体にダメージを与えられるとでも期待していたのか、幽崎は小さく舌打ちして木の枝を放り捨てた。もし今ので王虞淵が失明でもしていたらどうするつもりだったのだろうか?

『ああ、そうそう。君たちが探しているフレリア・ルイ・コンスタンも南側にいるよ。ただの探知術式では引っ掛からなかっただろう? 彼女は普通にフィールド上を探知しても見つからないように移動しているからねぇ』

「「「――ッ!?」」」

 それは聞き捨てならない情報だった。

「なぜお主が知っているでござるか?」

『なぜ僕が知っているのかって顔をしているねぇ。そりゃあ、ずっと視ていたからさ。彼女が砂漠のオアシスに要塞を作っていたことも、そこに攻めて来たダモン・ダールマンを討ち取ったことも、全部ね』

「やっぱりフレリアさんが祓魔師を……?」

 信じがたいが、王虞淵は恐らく〈地獄図書館(ヘルライブラリ)〉の司書しか掴んでいなかった情報をより正確に知っていた。嘘ではなさそうだ。

『最終的にどうするかは、君たちの判断さ』

 フッと光の文字だけを残して『目』が消滅する。

「王虞淵が情報を漏らしている裏切者の可能性は高いが……」

 悔しいが、『監視』と『警戒』において奴の右に出る者はそうそういない。フレリアについての情報が真実であれ虚言であれ、それを見極めるためにも、ここは話に乗るしかないだろう。


「行ってみよう、南へ」


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