FILE-106 状況整理
旧学棟――探偵部会議室。
一台しかなかったモニターが一晩で六台にまで増えていた。それぞれに大会のバトルフィールドが別々に投影され、現在はどこにも人の姿はなく景色だけが映し出されている。
「少し、状況を整理してみましょう」
そのモニター群を前にして、アレク・ディオールは片眼鏡の位置を直してそう言った。
「現在残っているチームは八つ。そのほとんどが既に合流し終わっていると見て問題ないでしょう」
生き残り人数は二十九人。中には一人や二人の壊滅的なチームもあるため、戦力バランスから見るとチームが八つあるとは言い難い。
「フレリアさんだけまだ一人みたいですから、心配ですね」
白愛が砂漠エリアの映っているモニターを見つつ難しい顔をする。
「お嬢様につきましては相手側を心配するべきでございますが……問題は要塞化した拠点を離れてしまっていることですね」
「要塞内なら錬金術もルーン魔術も使い放題だからな」
アレクの言葉に土御門が朝食のホットドッグを齧りつつ同意した。机上にはホッドドッグの他にもハンバガーやフライドポテトといったファーストフードが並んでいる。これらの食べ物は、夜中に一度寮へと帰した〈世界樹の方舟〉の子供たちが差し入れで持ってきてくれたものだ。
「やっぱり、離れてしまうと厳しいのでしょうか?」
「そうですね。自分の手の届く範囲内でしか術を行使できなくなってしまわれます」
〈世界樹の方舟〉の白髪青眼の少女――リノにアレクは頷きで返した。
ルーン魔術はなにをするにしても『ルーン文字を刻む』という行為が必要だ。前以て用意したものでなければ、その場で刻むという大きな隙になってしまう。それを基盤に即効性を持たせている錬金術も同じ。
故に、移動中などに敵とバッティングしてしまうとフレリアはかなり不利なのだ。自陣の中だったからこそ、祓魔師のダモン・ダールマンを圧倒できたと言って過言ではない。
「黒羽のお兄さんたちと合流するまで何事もなければいいんだけど」
「……(コクコク)」
昨夜は圧倒的な力を見せたフレリアに歓喜していたフェイとチェリルも、今は心配そうに表情を曇らせていた。
「お嬢様も含めて、各チームの現在位置を昨夜の内に私と白愛様で纏めてみました」
アレクが机の上の食べ物を脇に寄せ、確保したスペースに大きめの用紙を広げる。そこにはざっくりとしたバトルフィールドの地図が手書きされていた。
ほわーと子供たちから感嘆の声が上がった。
「あ、エリアごとに色分けしててわかりやすいです」
「アレクのお兄さん、この黒い円は?」
「バトルフィールドのおよその範囲でございます。その円の外へは結界によって出ることができなくなっているのです」
「今朝の中間発表でわかった情報も入れています。括弧の中の数字が残り人数です」
製作者のアレクと白愛が補足の説明をしていく。中央エリアの湖は小さいものがまだいくつかあるのだが、それは目印としては不要なので割愛している。
「フレリアのお姉さんの近くに敵はいなさそうだね」
「〈ルア・ノーバ〉や〈蘯漾〉を味方と捉えりゃって話だがな。この『ノーブルナイツ』っていうチームは割と近いぞ」
土御門が草原エリアに陣取っているチームを指差す。
「えっと、普通の参加者でしょうか?」
「いえ、彼らは学院警察でしょう。二人とはいえ、恐らく実力者が残っているはずです」
寧ろこの時点で力のない参加者が残っているとは思えない。人数が少ないチームは各個撃破を、多いチームは一気に叩き潰すような狙いで動き始めるだろう。
そうなるとやはり、合流できていないフレリアが最も危険だ。
『フレリアさん、一晩中砂漠を移動してたの?』
喋ることのできないチェリルが小首を傾げてメモ帳を見せてくる。
「ある意味、そうですね」
「「「?」」」
アレクの意味深な言葉に子供たち三人は疑問符を浮かべて顔を見合わせた。それ以上は説明しようとしないアレクに彼らが質問しかけたところで、土御門が地図を見ながら唸った。
「にしても、これだと南側が二日目の激戦区になりそうだな」
〈ルア・ノーバ〉と〈蘯漾〉だけなら戦闘にはならないだろうが、まだ協力関係を保つかどうかは怪しいところである。『ノーブルナイツ』と『シークレット・シックス』も動くだろう。そうなると北側にいるチームも南下してくるに違いない。
「祓魔師チームは一番離れた場所にいますし、しばらくは介入できないとは思います」
白愛が岩山エリアを示した。彼らはそこを完全に拠点化している。フレリアによって一人欠損しているし、もしかすると二日目は動かない可能性だって高い。
そうしてしばらく地図を見ながら皆で考察していると、ふとなにかを思い出したようにフェイが土御門を見た。
「ところで、アレクのお兄さんと白愛のお姉さんがこのマップを作ったんだよね? 土御門のお兄さんはなにしてたのさ?」
「え? ほら買い出しとか、見張りとか、いろいろ?」
『パシリ?』
「違うと言いたい!? 断じて違うと言いたい!?」
「土御門様は本当によく走っていただきました。モニター数台を一人で何往復もして運んでいただき感謝しております」
「手伝ってくれてもよかったよね!?」
土御門と白愛は交代で睡眠を取ったが、アレクは徹夜のはずだ。なのに目の下に隈もなくピンピンしている。そんなに元気ならモニターの半分くらい持ってもらいたかった土御門だった。
と、その時。
『あーっと! これは一体どういうことだーっ!?』
今まで静かだったモニターから司会者のやかましい声が響いた。
『ここで各チームが一斉に動いたぞぉーッ!!』
六つの画面では、それぞれのチームが時間差はあれどなにかの魔術を行使していた。司会者の様子からしてここに映っていないチームも同様と思っていい。
各チームが使った魔術は――大規模な探知術式だ。
考えてみれば当然だった。チームメイトは揃い、参加人数も減った今、探知を控えて隠れる意味はない。あるとすれば人数の少ないチームだが、こう探知が飛び交えばこちらだけ使わずに身を隠すなど不可能だ。
片眼鏡を持ち上げ、アレクは薄らと口元に笑みを浮かべた。
「これはこれは、想定していたよりさらに早く決着がついてしまうかもしれませんね」




