FILE-105 二日目―中間発表
『今からびっくり仰天なことを話すよ。画面の前のみんなは冷静に聞いてほしい』
朝一で大会の実況を再開した番組司会者が、報告書と思われる書類に目をやりながらその内容を告げる。
『昨日の夜の段階で、残存チームは十七あった』
司会者がゴクリと息を呑む。
『けれど、僕がぐっすり寝ている間に八つにまで減ってしまっていたんだ! たった一晩で、九チームが脱落したってことになる! いやぁ、ビックリだね! こんなに活発に動きがあったのなら徹夜するべきだったよ!』
非常に悔しそうに司会者はハンカチを噛むと、次の書類に目を通してからカメラ目線になる。
『さてさて、生き残った八チームの状況を見てみよう』
・チーム『シークレット・シックス』――五人。
・チーム『探偵部』――五人。
・チーム『特待生』――五人。
・チーム『エクソシズム』――四人。
・チーム『紅狐』――四人。
・チーム『一目五先生』――三人。
・チーム『ノーブルナイツ』――二人。
・チーム『原初の書』――一人。
『五人全員生き残っているチームが三つもある。しかもそのうち二つは……いや、よくよく見ると半分以上が新入生のみで構成されているチームだ! 今年の新入生はなにかが違う! 残り三人以下のチームは絶望的かもしれないけど頑張れ! 僕は応援しているよ!』
親指を立てた司会者は、続いて流れ始めた昨夜の戦闘のリプレイ映像について実況を始めるのだった。
☆★☆
中央エリア――西寄りの森。
あれから充分な休息を取った恭弥たちは、四人揃って上空に映し出された朝の中間結果を見上げていた。
「フレリアさんは無事みたいね」
レティシアがほっと息を吐く。
「『原初の書』……秘密結社〈グリモワール〉と〈地獄図書館〉のチームはほぼ壊滅か。『紅狐』と『一目五先生』は前回と変わっていないな」
恭弥は一応味方である他のチームの状況を確認した。昨夜まで五人全員残っていた『原初の書』が一人になっていること以外はなんの変化もない。
「ええと、アレが狐の人のチームで、アッチがマフィア殿のチームで……ううぅ、やっぱりチーム名が組織名と違うとややこしいでござる」
静流は知恵熱でも出しそうな勢いで目を回しながら上空のリストを指でなぞっていた。たった数チームの関連を未だに覚えられないとは……。
「それよか見ろ。祓魔師どもが一人減ってやがんぞ。ヒャハハ、俺の仕込みに気づいた時にディオンの奴ごと斬り捨てたか?」
幽崎がディオン・エルガーに仕込んだ発信機役の悪魔は、他の祓魔師たちと合流して早々に排除されている。祓魔師たちが岩山エリアを根城にしていることがわかっただけでもかなりの前進だ。
「祓魔師が減ったのは僥倖。これでこちらから仕掛ける件も視野に入れられる」
問題は誰が減ったか、だ。もしファリス・カーラだったのなら今からでも襲撃してもよさそうな状態になるが、あの聖王騎士が知らない間に倒されるようなことはないだろう。
「ねえ、チーム『特待生』はいいとして、もう一つ全員生存してるチーム『シークレット・シックス』が気になるわね」
「そいつらはどちらも一般参加だ。直接あたるまでは気にしなくていい」
とはいえ、一般参加者を侮るわけではない。恭弥たち以上の猛者だっているかもしれないのだから。
中間結果の映像が消える。代わりに爽やかな青空と人工太陽が上空を彩った。
「行動を始める前に、魔力結晶を再分配する。それぞれ手持ちを一つだけ残してそこに置いてくれ」
恭弥に言われ、レティシアたちはそれぞれ持っていた魔力結晶を大きな切株のテーブルに置いていく。
レティシアが二個。
恭弥が十五個。
幽崎が十八個。
静流が十二個。
自分が最初に持っていた一つを除けば、合計で四十七個もの結晶がここに集まったことになる。これは参加人数の三分の一超である。時間切れになった際は所有権のある魔力結晶の数が有無を言うため、今の段階でこれだけ持っているとなると相当有利だろう。
「いやいやいや、あんたたち暴れ過ぎでしょ!? なんでそんなに持ってるのよ!?」
「ハハッ! てめぇがサボってただけだろうがぁ!」
「こっちはずっと一人だったのよ!? 逃げ隠れするのが当たり前でしょ!?」
「くっ、師匠と幽崎殿に負けたでござる……」
「昨日の夜に六チーム潰したのが大きいな」
一人五個ずつ配分し、残りは嵩張るため適当な木の下に埋めることにした。三分経つと所有権を失ってしまうが仕方ない。時間切れになりそうだったら取りに戻ればいい。
と――がさり。
「――人の気配でござる」
静流が日本刀を構えて気配のした草陰を睨む。恭弥たちも遅れて戦闘態勢に入ると、一人の男が無防備にも両手を挙げて草陰から飛び出してきた。
「待て、私は敵ではない」
見覚えはある。
「お前は……〈地獄図書館〉の司書か?」
念のため宝貝でも確認する。――反応あり。偽物ではないと思うが、警戒は怠らない。
「もういいかい?」
宝貝での検査が終わるのを黙って待っていた彼に恭弥は頷く。
「お前が残ったってことは、〈グリモワール〉の連中は全滅か」
「ああ、祓魔師たちに夜襲を受けてね」
さらりと自分の境遇を語る司書。その淡々とした声音には怒りも落胆も感じられなかった。
「やはり奴らは、我々の居場所をある程度把握しているらしい」
「なにを今さら。俺たちは外から監視されてるような状態だろぉが。奴らに情報が流れて当然じゃねぇか」
「いや、それはない」
「ああ?」
眉を顰める幽崎に、司書は足下を指差して答える。
「このバトルフィールドは完全に外からの干渉をシャットアウトしている。科学的にも魔術的にも情報や物資を外から送ることは不可能なんだ」
「え? それっておかしくない? さっきの中間発表は外から送られてきた映像じゃないの?」
「違う。あの中間結果のリストはバトルフィールド内で管理しているシステムが一定時刻に自動生成するものだ。恐らく外では、中から送信されたリストを見ながらキャスターが面白おかしく盛り上げているだろう」
このバトルフィールドには至るところに自動徘徊する監視カメラが放たれている。それがシステムとやらの一部ということなら、その映像で盛り上がる都市の様子は容易に想像できた。
「詳しいでござるな」
「君たちは最初に戦場を調べなかったのか?」
呆れたように司書は溜息を吐いた。恭弥とて、幽崎や静流と合流する前はその辺の調査を行うつもりではいた。が、戦闘狂の問題児を二人も抱えて調査などできるわけがなかったのだ。
考えると頭が痛くなる。
「まあいい。それで、お前はなにが言いたい?」
だから話を先に進めることにしたのだが、次に司書が口にした言葉は驚きを禁じ得ないものだった。
「我々の中に、祓魔師どもに情報を流した裏切り者がいる」
「――なっ!?」
レティシアが目を見開く。
「あたしは違うわよ!」
「拙者も裏切ってなんかいないでござる!」
「落ち着け。俺たちは違うとわかっているからこいつは話をしたんだ」
必死に無実を訴え始める二人を恭弥は手で諫めた。
「一番怪しいのはこの宝貝を配った〈蘯漾〉だな。ハッ、いいじゃねぇか。どうせ最後は全員裏切るんだ」
幽崎は取り出した宝貝を地面に落として踏みつけ、粉砕した。恭弥たちも倣って宝貝を破壊する。
実際、最後に裏切ることは確定しているのだ。たとえ〈蘯漾〉が今の裏切り者ではないとしても、そうなった時にこの宝貝が脅威に変じることは想像に難くない。
「今のところ、お前たちが最も希望がある。裏切り者に足下を掬われないよう気をつけろ」
司書も同じように宝貝を取り出して握り潰した。それからその手で指を一本立てる。
「もう一つ伝えておく情報がある」
一拍置き、恭弥たちが傾聴していることを認めてから司書は口を開いた。
「祓魔師の一人が言っていたんだが、お前たちの仲間の一人が砂漠エリアのオアシスにいたそうだ」
「フレリアさんね!?」
「いたってことは、もういねぇのか?」
「そこまでは知らん。だが、祓魔師が一人欠けた原因はそいつらしいぞ」
「「「「――ッ!?」」」」
中間結果を見た時以上の驚きだった。いや、この対抗戦が始まって以来最大の驚愕だったかもしれない。
「伝えることは伝えた。私はもう諦めてもいいが、もう少し足掻いてみるつもりだ」
絶句する恭弥たちにそう言うと、司書は踵を返して草陰の中へと消えていった。
その背中を黙って見送ってから数秒、最初に口を開いたのはレティシアだった。
「あ、アレクさんが倒したのかしら?」
「いや、奴の話が本当ならアレクはここへ来れない。フレリアが自分で倒したと見るべきだ」
「フレリア殿は強者でござったか!?」
「祓魔師がドジっただけじゃねぇのかぁ?」
およそ戦闘とは無縁そうな彼女が、戦闘のエキスパートである祓魔師を倒したなどとてもじゃないが信じがたい。
真実が気になるところだが、それは彼女に直接訊ねればいい話だ。最後の仲間がどこに飛ばされていたのかわかった今、やるべきことは一つである。
「とにかく方針は決まった。このまま西を目指してフレリアと合流する」
誰からも異論はなかった。




