FILE-98 反撃のフレリア
ダモン・ダールマンはオアシスに建つ豪邸を見上げて感嘆の声を漏らしていた。
「これ、錬金術で作ったんだな? フレリアたぁん凄いんだな」
材料のほとんどは砂漠の砂だろう。荘厳な白亜の大豪邸はとても砂からできているとは思えない。そもそも別の物質に錬成されているから砂ではないか。
そこに大豪邸を置くだけでオアシスの泉がプールのように見えてくる。ここが砂漠でなければ世の中の金持ちがこぞって別荘として購入したがるだろう。
夜でさえそう思ってしまうのだ。明るい昼間に見ていたらもっと感動していたかもしれない。
「壊しちゃうのはちょっと勿体ない気がするんだな」
だが、それが任務だ。
フレリア・ルイ・コンスタンを退場させる。しかもある程度痛めつけて、が条件につく。不器用なダモンが建物を傷つけずにその任務を達成できるはずもない。
「抵抗されなくても叩かないといけないんだな?」
ダモンは祓魔師だ。本来、相手にするのは悪魔であるはず。その力を人間、それも戦えなさそうな女の子に向けなければいけないことにはどうも気が乗らなかった。
それでも任務であればダモンは躊躇しない。ファリス・カーラはその辺りを買ってダモンにこの役を任せたのだろう。
「あとで謝って許してくれるといいんだな」
果たして『あと』があるかどうかわからないが……ダモンは覚悟を決め、一歩豪邸に近づく。
足下でルーン文字が輝いた。
「――む!?」
ダモンは反射的に飛び退る。爆発が起こるようなことはなかったが、地面がいくつも隆起し、錬金術の光を火花のように撒き散らして形を整えていく。
額にルーン文字を輝かせた、ダモンが見上げるほどの巨体を持った土塊の騎士。
それが全部で十二体。
「〈ルーンナイト・ゴーレム〉なんだな。フレリアたぁん、ちゃんと防衛できてるんだな」
ダモンも背中の大剣を抜き放ち、襲いかかってきた〈ルーンナイト・ゴーレム〉の一体を斬りつけた。
☆★☆
「なんだか外が騒がしいですねー」
フレリアは豪邸のキッチンにあたる部屋のテーブルに、オアシスの木に実っていた果実を並べていた。
ヤシの実に似ている果実だが、そのまま食べてもパサパサしていて美味しくなかった。だから調理をすることにした。持って来ていた小麦粉や砂糖などの材料を果実と一緒に並べ、それらを中心に錬成陣を描いていく。牛乳やバターなどの常温で日持ちしない食品も、特殊な錬金容器に入れており鮮度は問題ない。
アレクがいてくれたらちゃんとした料理を作ってくれるのだが、どういうわけか転移のルーンが機能していないらしく一向に現れる気配がない。非常に困った。
ぐきゅるるるるぅとそろそろクーデターを起こしかねない腹の虫を鎮めるべく、フレリアは自分で調理するしかなかった。とはいえ、錬金術調理しかできないのだが。
「その辺の砂とかからお肉やお野菜を錬成できればいいんですけどねー」
流石にそれはフレリアにもできない。鉱物を鉱物以上の物質に変換することは『賢者の石』でもない限り不可能である。少なくとも現状は。
いつか到達したい究極がそこにある。目下研究中なのだった。
「できましたー♪」
目の前に立派なココナッツ(みたいなもの)ケーキが誕生していた。ココナッツ(だと思う)ケーキを食べ易いサイズに切り取り、フォークで刺して口に運ぶ。
「ん~、あまあまですー♪ 美味しくならなかったらどうしようかと思いました」
切り取った分はペロリと消えた。
「でも毎日これだと飽きちゃいますねー」
錬金調理は材料と術式さえ揃えば一瞬で錬成できるが、そのおかげで調理過程での調整や工夫といったことが一切できない。何度錬成しようが味は全く同じ。工場の大量生産の方がまだ『変化のある味』が楽しめるというわけだ。
どちらかと言えば、手間暇かけて作られた料理の方がフレリアは好きだった。
「明日は移動した方がいいですかねー? そうすればアレクが転移できるようになるかもしれませんし」
少なくともこの場に留まり続けてもアレクは来ない。遠くに岩山が見えたから砂漠のド真ん中ではないと思うが、このままだとチームメイトとも合流できないかもしれない。
移動のためにオアシスの泉から飲み水を確保しておこう。――そうフレリアが思い立ったその時だった。
ドゴォオオオオン!! と。
キッチンの壁が真横からの凄まじい衝撃で吹き飛んだ。
衝撃の正体は一体の〈ルーンナイト・ゴーレム〉だった。背中から壁を突き破った彼は、反対側の壁をも貫いてその体をボロボロと崩壊させていく。
そして、最初に穿たれた方の壁から、のっそりと大剣を担いだ巨体がキッチンに入ってきた。
巨体の意外と円らな瞳がびっくりして硬直していたフレリアを捉える。
「フレリアたぁん、やっと見つけたんだな」
見覚えはある。というか追い回された記憶がある。
「えーと、祓魔師さんでしたっけ?」
「おいらはダモン・ダールマンなんだな」
ズシズシと贅肉なのか筋肉なのかよくわからない巨体が歩み寄ってくる。フレリアにもう驚きはない。予想外の珍客にペコリと頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございますー。ダーさんでいいですかー?」
「……馴れ馴れしいんだな。状況わかってるんだな?」
「うーん、わたしのゴーレムが倒されちゃってますねー。あ、ケーキ食べますか?」
守備兵が倒されているのに敵意も警戒もないフレリア。およそ殺気などというものとは無縁な無垢な少女が差し出してきたココナッツ(かもしれない)ケーキに、ダモンは鼻をひくつかせた。
「む? 美味しそうなんだな。フレリアたぁんの手作り?」
「はいー」
「それは是非食べてみたいんだけど……ごめんなさいなんだな」
大剣が振り下ろされる。フレリアの作ったココナッツ(っぽいなにか)ケーキがテーブルごと叩き潰されてしまった。
「今は任務で、フレリアたぁんを痛めつけないといけないんだな」
ダモンが殺気を放つ。
「あーっ!?」
だがフレリアはその殺気をかわすようにしゃがみ込み、無残にも潰されて床に散らばったケーキを掻き集め始めた。
「なにするんですかー! 勿体ないじゃないですかー!」
ダモンから表情が消える。ここまでしても歯向かう気配どころか逃げようともしないフレリアに少々苛立っているようだった。
「覚悟してもらうんだな」
大剣の切っ先がフレリアの鼻先に突きつけられる。珍しく眉根を吊り上げてダモンを睨みつけるフレリア。ダモンは失望したように溜息を吐いた。
「隙だらけ……フレリアたぁんは本当に状況がわかってないんだな。だったら――」
大剣がフレリアの鼻先から離れ、横薙ぎに振るわれる構えとなる。
「一思いに、一撃で意識を奪ってあげるんだな!」
空間ごと薙ぎ払うような剛撃がフレリアを襲う。大剣は腹を向けているとはいえ、その戦車の突撃のような一撃を受ければ全身の骨が砕け、肉が潰れてしまうのは自明の理だった。
まともに受ければ、の話だが。
「――ッ!?」
バチバチィ!! と錬金術の輝きがスパークする。それはフレリアがそっと添えるように置いた左掌に大剣が触れる寸前だった。
大剣が一瞬で形を歪め、分解され、フレリアの手の中で再構成される。
フレリアは父親から戦闘全般を禁じられていた。フレリア自身も戦いはあまり好きではない。だからそういうことは全てアレクに任せていた。
禁止されている理由はフレリアも知っている。決して戦えないからではない。自分の性格のことながら、フレリアは加減というものがどうも苦手だったのだ。
それと理由はもう一つ。
「状況ならわかっています。わたしはあなたに襲撃されている。でもそれがなんなのですか?」
フレリアの手には、今の今までダモンの大剣だったものが死神のような大鎌に変わって握られていた。
「お、おいらの〈コールブランド〉が……」
「一つ常識というものを教えておきますね、ダーさん」
元は大剣だった大鎌を軽々と担ぎ上げるフレリアに、ダモンは額から冷や汗を滝のように掻いて一歩後ずさる。
彼女を中心に、ルーンと錬金術の輝きがオアシス全域を包み始める。
「食べ物の恨みは、とっっっても恐いんですよーっ!!」
たった一人で過剰戦力。
フランス王宮内では、彼女を怒らせることは王に逆らうことよりもタブーなのだった。




