第98話 相談箱 Ⅲ
「この前の若葉祭の時と同じ失敗はしないわ。ちゃんと睡眠は取るから」
「そっか」
やっぱり、彼女は成長している。
やる気が空回りする癖は直っていないが、落ち込んだ時の立ち直りの早さや、二度同じミスをしないようにする修正力は目を見張るものがある。
自販機に着いた俺は、缶コーヒーを買い、由姫は小さいサイズの緑茶を買った。
ベンチに座り、缶コーヒーを一口飲んで、息をつく。
由姫も人一人分のスペースを開けて、俺の隣にちょこんと座った。
「静かね……」
「そうだな。今日は運動部も残ってないみたいだし、生徒は俺達だけかもな」
「私達だけ……」
由姫はそう小さく呟くと、緑茶のペットボトルを両手できゅっと握った。
ずっと二人きりだったのに、周りに誰もいないというだけで、緊張しているようだった。可愛い。
お互い特に何も喋らず、買った飲み物を飲む。
俺はさっさと飲み終えたが、由姫はまだ飲み終わらない。
彼女が飲み終わるのを静かに待った。
………………遅いな。
小さいペットボトルのお茶が中々飲み終わらない。飲み食いが遅いというわけでは無いはずなのだが……
ちらりと横目で見ると、彼女はちびちび、ゆっくりと飲んでいた。
「っ…………!」
未来の由姫と同じだ。
デートの最後に喫茶店に入った時、彼女はその飲み物を、ちびちび時間をかけて飲むクセがあった。
理由を聞いたところ、少しでも長く一緒にいたいからだと言っていた。
「家に帰っても一緒にいるんだから、意味なくないか?」と言うと
「デートの時間を長くしたいの。女心を分かってない」
と頬を膨らませていたっけ。
それと同じことをしているという事は――
「………………………………」
いかん。なんだか、顔が熱くなってきた。
今にも沈みそうな夕焼けに照らされて、彼女の髪がキラキラと光る。
あまりの可愛さに、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「………………………………」
もう一度、今ここで告白をしてみようか。
一度目の告白は、勢いでやってしまった。生徒会の皆が見ている前だったし、断られるのを前提しての告白だった。
だけど、今は違う。二人きりだし、あの時とは比べ物にならないくらい、彼女の好感度は上がっている。
今なら違う答えが貰えるかもしれない。
そんな事を考えた時だった。
カシャッ。
「?」
背後から何か音がし、俺は振り向いた。中庭を囲っているフェンスの向こうの方から、何か音がしたような……。
「どうしたの?」
「いや、なんか今、シャッター音がしたような」
「シャッター音?」
由姫には聞こえていないようだ。なら、俺の気のせいだろうか?
「はっ! まさか新聞部か!? 俺と有栖川の秘密の密会をスクープ……」
「そんなスクープ出したら、新聞部の来年度予算をゼロにしてやるわ」
職権乱用すぎる。目が本気の由姫を横目で見ながら、俺は苦笑いを浮かべた。
駄目だ。もう告白出来る空気じゃなくなったな。
また今度、改めよう。そう思いながら俺は、飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れたのだった。




