第97話 相談箱 Ⅱ
一週間後。
俺と会長の悪い予感は見事に的中した。
「どうしてこうなるのよ……」
由姫は机の上に山盛りになった投書の前で、頭を抱えていた。
結論からいうと、色分け作戦は大失敗だった。
投入された用紙は、深刻度が高いと設定した赤や黄色が殆どで、青色の紙は数枚しか無かった。
相談箱を置いてすぐに、沢山の生徒が群がった。
普通の学校なら、こんな相談箱を置いたところで、ロクに使われないだろう。
どうせ相談したところで、解決しないのが殆どだからだ。
しかし、この学園は違う。
元々生徒会の力が強い事が知れ渡っており、実際に冷房の設置や部費の増額など実績がいくつもある。
おまけにこの前の若葉祭での由姫の活躍で、今期のメンバーへの期待が高まっているのだ。
山盛りになった投書は、そんな期待が可視化された結果なのだが、可視化されることによって新たな問題が発生する。
「こんなに沢山の相談があるんだ。自分の相談なんか、埋もれてしまうんじゃないか?」
埋もれないようにするには、深刻度を上げるしかない。
青で出すつもりだった相談を、黄色や赤の紙に書き、深刻さを出す為、大げさに書く。
その結果がこのありさまだ。
「『彼女が出来なくて困っている』知らないわよ! これをなんで赤で出すの!?」
由姫が相談用紙を床にたたきつけた。
いや、男子高校生にとっては深刻な悩みではあるぞ。
「こんなはずじゃ……」
由姫は涙目で落ち込んでいた。
気持ちは分かる。自信満々で出したアイデアが上手くいかなかった時、悔しいよな。
「まぁ、投書の数は、そのうち落ち着くと思いますよ。今は地道に頑張るしかありませんね」
と、会長がフォローを入れてくれた。
「そうですね……。出来る事からやらないと」
由姫は顔を上げ、相談用紙を整理し始めた。
「重要度は私の判断で分けるわ。鈴原くんはタスクリストをエクセルに入力をお願い」
「り、了解」
お。もう、復活した。精神的に強くなったな。
彼女の成長を嬉しく思いながら、俺はPCを立ち上げた。
***
「やっと終わった……」
「意外と時間がかかったな……」
強制下校時刻ギリギリ。俺と由姫は相談箱の内容をすべて、データ化することに成功した。
今日中に終わる目途が立ったので、他の皆には先に帰って貰った。
最近はカエデや副会長がいつもいたので、静かな生徒会室は久々だ。
「こうしてデータにすると、思っていたほどの量じゃないな」
「そうね。結構、悪ふざけの内容もあったし」
肩が凝ったのか、由姫は自分で肩を揉んでいた。
「揉もうか?」
「……手つきがいやらしいから絶対駄目」
えー。未来の由姫には俺の肩揉みは大好評だったんだぞ。
「喉が渇いたな。紅茶でも……って、そういや切らしてたんだっけ。有栖川。帰りに自販機寄っていい?」
「あ、私も寄りたい」
帰り支度をし、生徒会室の鍵を閉める。
ここからだと、中庭にある自販機が一番近い。静まった校舎の中、俺達が階段を降りる音だけが響き渡る。
なんというか、こういう何でもない時間に青春を感じるんだよな。高校時代は特になんとも思わなかったが、大人になるとよく分かる。
「明日から忙しくなりそうだな」
「そうね。もっと頑張らないと……」
思い詰めた表情をする由姫に、俺の心がざわついた。
「だけど、あまり……」
「無理はするな……でしょ? 分かってるわ」
由姫はむっと頬を膨らませた。




