第95話 美女と美女
学校の食堂。
私、有栖川由姫は会長と二人で食事をしていた。
先に食べ終えた私は、ちらりと会長の方を見る。
私も会長も、今日の日替わり定食であるビーフシチューハンバーグを食べたのだが、会長はナイフとフォークを奇麗に使いこなしながら食べていた。
その所作は、上流家庭のそれだった。私も幼い頃、父さんに厳しく躾けられたので分かる。
そもそも、なんで一緒に食堂でご飯を食べることになってるんだろう。
今朝、私が相談したい事があるとメールを送ったら、『じゃあ、お昼休みに食堂で』と返信があったのだ。
私は見た目が目立つから、極力お昼は教室で食べるようにしていた。
一人で食堂に行くと、上級生の男子からのナンパが酷いからだ。
だけど、今日は会長がいるからか、全然話しかけられることは無かった。
「えっと、どうして私をご飯に誘ったんですか? 放課後になれば、生徒会室で話せるのに……」
「それは………………んふふ」
? どうしたんだろう。
見ると会長は必死に笑いをこらえていた。
「ごめんなさい。前に鈴原くんに相談を持ち掛けられた時と、まったく同じセリフだったから、おかしくて……」
え。アイツも会長に何か相談をしたの?
いったいどんな相談をしたんだろうという疑問と、私じゃなくて会長に相談をしたという事実に心がもやっとした。
「鈴原君と、どんな話をしたんですか?」
気づけば私は疑問を口にしていた。
「それは言えないです。私と彼だけの秘密ですから」
会長は指を口に立てた。この瞬間だけは、いつも大人びている彼女が、少しだけ子供っぽく感じた。
「それに、貴方も今日の相談は、他人に聞かれたくないでしょう」
「それはそうですが……」
鈴原くんの事を気に入っているのは、新妻さんだけだと思っていたけど、もしかして会長も彼の事を……。
って、そうじゃない。私が今日、彼女に聞きにきたのは、もっと大事なことだ。
「単刀直入に聞きます。どうすれば、生徒会長になれますか?」
「………………………………」
私の質問に会長は、特に驚くこともなく、小さく頷いた。
「今から出来る努力はなんでもしておきたいんです」
「なるほど。その前に一つ聞いていい? どうして生徒会長になりたいんですか?」
「どうしてって……」
「もし、優馬先輩……貴方のお兄さんに対する対抗心だけなら、私は力は貸せないわ。信念のある人に、私の後を継いで欲しいもの」
会長の顔から、さっきまでの優しい笑みは消えていた。
信念……。私が生徒会長になりたい理由……。
私はぐっと拳を握ると、生徒会長の目をじっと見据えて言った。
「私の夢を叶える為に必要だからです」
「夢……。もしかして、OB会?」
「はい。会長はもう参加したんですか?」
「えぇ。先週末の日曜に初めて行ってきました」
「ど、どんな感じなんですか?」
「ビュッフェ形式の食事会という感じですね。偉い人ばかりだったので、緊張して料理の味があまりしませんでした」
会長は苦笑いを浮かべた。会長が緊張するって、相当なんじゃ……。
「名刺も沢山いただけましたし、大学卒業後に入社するように誘われることもありました。あそこに行ければ、間違いなく卒業後の選択肢は広がると思います」
「そうなんですね……」
父さんや兄さんの言う通りだった。OB会はコネクションを築く絶好の場だ。
会長は紅茶を一口飲むと、手をテーブルに置き
「もう一つだけ聞かせて、有栖川さんはどんな生徒会長になりたい?」
「それは……」
私の理想の生徒会長……。
最初は「貴方のような会長になりたい」と言おうと思った。
二か月間、彼女の仕事ぶりを見て来たけど、私の理想の生徒会長だった。
だけど、それを言う直前、私の脳裏によぎったのは、若葉祭で私を助けてくれた鈴原くんだった。
会長のように優しく、優秀な生徒会長にも憧れたけど、私の心が引かれたのは――
「私は……『人を変えられるような生徒会長』になりたいです」
若葉祭の時、鈴原くんは、目の前の目標だけに集中して視野の狭くなっていた私を変えてくれた。
固定概念に囚われていた私を、助け出してくれた。
理由は上手く言葉に出来ないけど、私はそれに憧れてしまったのだ。
「す、すみません。曖昧ですよね。うまく言葉にできなくて……」
「いえ、大丈夫ですよ。よく分かりましたから」
会長はにこりと微笑むと
「つまり、鈴原くんみたいな人になりたいんですよね」
と言った。
「!?」
私の手からスプーンがぽろりと落ちた。
え。なんで分かったの? え、エスパー!?
「ち、違います! 彼は私の理想とは全然違います!」
本当はそうなんだけど。とっさに否定してしまった。
「あらそうなの? 私の早とちりだったみたいね」
会長は特にそれ以上追及はしてこなかった。でも、あの様子だと私の否定が嘘だとバレている気がする。
「…………」
会長は少し考え、「丁度良いかもしれませんね」と呟いた。
「生徒会メンバーも揃いましたし、相談箱の復活をさせるか考えていたんです。有栖川さん。そのプロジェクトのリーダーをやってみませんか?」
「相談箱?」
「はい。生徒の相談を投書して貰って、それを生徒会が解決するというものです。去年は廃止されていたのですが、ゆくゆく復活させようと思っていたんです。人を変えられるような生徒会長になるには、うってつけの仕事だと思いますよ」
たしかに。生徒の相談に乗れば経験にもなるうえに、選挙での投票にも繋がる。一石二鳥だ。
私は悩むことなく、力強く頷いた。
「わかりました。やらせてください」




