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第89話 風呂の外 Ⅰ

 シャワーの音が止んだ。


 今、由姫は湯船に浸かっているのだろうか。


「………………………………」


 いかん。ものすごくドキドキする。


 好きな子が、近くでシャワーを浴びているだけで動揺するなんて、童貞の中学生かと言われても仕方がない。


 しかし、俺がこうなったのは未来の彼女のせいだ。


「まいったな……」


 どうしても、未来で由姫とはじめて会った日の事を思い出してしまう。


 バスタオル一枚で風呂から出てきて、俺を誘惑してきた夜のこと。

 あれは俺の中でも強烈な衝撃を残した。それこそ性癖が歪むほどの。


「落ち着け俺……。今、シャワーを浴びているのは父さんだ。今、シャワーを浴びているのは父さん」


 そう言い聞かせることで、なんとか俺は平静を取り戻した。サンキューパッパ。


 あ。そういえば、湯の温度の調節の仕方とか、教えてなかったな……。


 俺の家はみんな、熱風呂が好きなせいで、温度を高めに設定している。熱いのが苦手な由姫には酷かもしれない。


「有栖川。湯加減とか大丈夫かー?」


「ひゃっ!」


 驚いたのか、風呂の中から由姫の可愛い悲鳴が聞こえてきた。


「す、少し熱いけど、大丈夫」


「そうか。何かあったら呼べよ」


「う、うん」


 ヴ―ッ。

 と、ポケットのガラケーが震えた。


 カエデからのメールだ。


 メールのタイトルは空で、本文には一行だけ『どっちがいいすかね?』

 というメッセージが書かれていた。


 どっちがいい? どういう意味だ? 俺が首を傾げていると、メールがもう一通届いた。


『画像添付し忘れたっす』


 今度のメールには写真が一枚張られていた。

 それを開くと、二枚のショーツが置かれた写真が表示された。


 お前……まさか由姫に穿かせるつもりなのか? この下着を。

 俺がドン引きしたのは、彼女の選んだ下着が、紐パンとTバックという過激なものだったからだ。


 こんなの買って来ても、絶対穿かないだろ。


『ふざけてないで、もっと地味なやつを買え』


 俺がメールをそう送ると、


『まさやんは地味な下着が好きなんすね(笑)』


 と返ってきた。何故、そうなる。


『黙れ。さっさと普通の下着を買え(殺)』と返信しておいた。


 すると、また一分ほど経ってから写真付きのメールが届いた。


『これならどうっすか』


 今度は比較的まともだった。色は薄いピンク色。布面積がやや少なく生地も薄いが、さっきの二つと比べると全然普通だ。


『まぁ、いいんじゃないか』


 俺がそう返信すると、


『そうっすか。ちなみにこれ、さっきまで履いてたアタシの下着っす』


「ぶっ!」


 動揺した俺は、ガラケーを床に落としてしまった。あぶねぇ。スマホだったら画面割れてたぞ。


 つーか、なんてもん送ってきやがったんだ! 俺が怒りの返信を送ろうと、ガラケーを拾うと


『嘘っす! 騙されたっすね!』


 というメールが更に届いていた。


「………………………………………………」


 アイツ、帰ってきたらハリセンか何かで一発殴ろう。


 俺が新聞紙を丸めて、お仕置き棒を作っていると


「鈴原くん……いる……?」


 風呂の中から由姫が話しかけてきた。

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