第87話 葛藤する彼女Ⅰ
シャアアアアアアアアアアアアアアアア。
「はぁ……」
私、有栖川由姫はシャワーを浴びながら、ため息をついた。
「もう臭わないわよね……?」
すんすん。何度も洗ったので大丈夫だと思うけど、念のため確認する。
ボディーソープの匂いしかしないことを確認した私はほっと胸を撫でおろした。
『お風呂が沸きました。給湯栓を閉めてください』
「えっと、これかな」
お湯が止まったのを確認し、私は給湯栓の蛇口を閉めた。
湯船に張ったお湯がぴちょんと音を立てる。
本当はシャワーだけで良かったんだけど、私は今、外に出ることが出来ない。
何故なら、着る服が無いから。
初めは鈴原くんに服を貸して貰うつもりだった。
だけど、脱衣所に入って気づいたのだ。上着だけではなく、下着まで汚れていると。
今、近くのデパートで新妻さんに下着を買って貰ってきている。
それまでの間、風邪を引かないようにと、鈴原くんが気を利かせて、お湯を張ってくれたのだ。
「う……少し、熱いかも……」
私はゆっくりゆっくり、湯船の中に体を落としていく。一分くらいかけて、私は肩まで浸かることが出来た。
「ふぅ……」
うちの家の湯船より、少し小さめかな。体の小さい私にとっては丁度良いサイズだ。
湯船の横に並べられたシャンプーやボディーソープを横目で見ながら、私は首までお湯に浸かった。
はぁ……。良い気持ち。
リラックスしようと体の力を抜いたものの、私の心臓はバクバク鳴り続けていた。
「このお風呂に、いつもアイツが入ってるのよね……」
まさか、男の子の家のお風呂に入ることになるなんて思わなかった。
頭がどうにかなりそう……。私は落ち着こうと深呼吸を……
「有栖川。湯加減とか大丈夫かー?」
「ひゃっ!」
脱衣所の外から話しかけられ、変な声が出てしまった。
「す、少し熱いけど、大丈夫」
「そうか。何かあったら呼べよ」
「う、うん」
というか、よく考えたら、結構危ない事をしているわよね、私。
私に好意を持っているのが分かっている男の子と二人っきり。
しかも、脱衣所にもお風呂にも、鍵はついていない。今、アイツがここに入ってきたら、私は……。
「いやいやいや」
私はぶるぶると首を横に振り、変な妄想をかき消した。
アイツはイラっとするようなおちょくり方はしてきても、本気で私が嫌がる事はしてこない。それは分かっているんだから。
………………………………。
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嫌がること……か。
ここにアイツが入ってきたら、私は本当に嫌……なのかな……?
湯船の中で体育座りをしながら、私は自分に問いかける。
すごく恥ずかしい……とは思うけど。嫌悪感があるかと言われると、よく分からない。
「私……。アイツの事をどう思っているんだろ……」
嫌い……じゃない。じゃあ好き? 好きと言っても、どういう好きなのか。
信頼……尊敬……。
友愛的な好きなのか、それとも……。
「…………………………」
まだお湯に入って一分なのに、のぼせてきた。お湯が熱すぎたかな……。
恋愛なんてしてこなかった私にとって、この感情が恋心なのかは分からない。
だけど、これだけはハッキリ分かる。
新妻さんに、鈴原くんを盗られたくない!




