彼女の隣
お立ち寄り下さりありがとうございます。今回、長めとなっております。申し訳ございません。
執事のケリーが案内してくれた訪問客の顔を見て、声が弾むのを抑えきれなかった。
「マイク!フェリペ!よく来てくれたね」
ソファに並んで腰かけていた公爵家の庭師と吟遊詩人が、それぞれに微笑と朗らかな笑顔を向けてくれる。
二人はクラーク領の最大のお祭りに参加してくれるのだ。
「公爵家の皆は息災なのかい?セディは元気かい?マシューは大きくなったかい?」
懐かしさが溢れだし、僕の質問も溢れだした。
マイクが苦笑を浮かべながら頷いている。
その苦笑すら、今の僕には懐かしさを掻き立てるものだった。
――僕とシャーリーが「決闘」してから3年が経っている。
あっという間に3年が過ぎていた。
決闘をしたとき、彼女と歩んでいくことは困難な道だろうと二人してあれほど覚悟していたが、シャーリーと僕の婚姻は、予想外に順調に円滑に執り行うことが出来た。
その最大の要因を生み出したのは、フェリペだ。
期せずして、決闘から間を置かず公爵家に戻ってきたフェリペは、僕の顔を見るなり「シャーリー様とはどのように結ばれたのですか」と食らいつかんばかりに僕を問い詰めてきた。
さすが、恋の歌い手だ。一体、どこで嗅ぎ取ったのだろう。
しどろもどろにすべてを――彼女との一夜も決闘までも――白状させられた僕は、そのままウィンデリアに来てからの年月も彼に語らされる羽目になった。人が変わったような彼は目を据えて、僕の逃げを許してくれなかったのだ。
彼は頬を赤くした後、いつぞやのようにリュートを片手に庭を歩き回り、その日の夕暮れに歌を披露したのだ。
その歌は――、大恩ある存在だが、できる限り忘れ置きたいものだ。
胸が痛むような哀切な調べに乗せて、一つの物語が歌われるものだった。
――祖国の惨状を憂い、いつか祖国を救う願いを持ちながらウィンデリアに暮らす美少年の天才剣士が、一人の魔法使いと出会う。
彼女に恋心を抱くものの祖国を救うまでは想いを封印すると決意し、どんな美女にもなびかず一人を貫き、祖国を救う手段を求めて各地を放浪する。
年月が経ち、祖国を救う手段を見つけた彼は、ようやく魔法使いと生涯を誓い合うのだ。
初めて歌を聴かせてもらった時、羞恥を通りこして、動揺が収まらなかった。
詐欺ではないだろうか。一体、誰を歌ったものなんだ?
僕の抗議もどこ吹く風で、フェリペは事も無げに「大衆の心をつかむためには脚色が必要なのです」と胸を張って言い切った。
これが売れっ子吟遊詩人たる所以なのかもしれない。
果たしてフェリペの脚色は功を奏し、その歌は王都だけでなく国内に広く大流行した。
広く流行したのは歌が良かっただけではない。フェリペが積極的に国内を回ってくれたおかげもあった。
彼曰く、「受けがいいので、御呼ばれが途切れることがなく、ただこなしていただけですよ」
それでも、辺境にまで足を向けてくれた彼には、頭が上がらない。
シャーリーと僕は世論の後押しを受け、決闘から半年余りで、王都中の祝福を受けて婚姻の儀を執り行うことが出来たのだ。
「チャーリー様、バタタス酒は今年も出来がいいそうですね。噂は今年も王都に届いていますよ」
僕の物思いを霧散させた彼は、目を輝かせて辺りを見回している。
お酒のためだけに彼が訪ねてくれたわけでないことを知っているものの、お酒は外せない理由であることも知っている。
もちろん二人の恩人には、生涯、バタタス酒を進呈するつもりだ。
「安心してほしい。君とマイクの部屋に、瓶を置いているよ」
二人の顔が輝く様子に、思わず笑いが漏れそうになり、慌てて話題を振ってみた。
「マイク、今年はどんな花を持ってきたんだい?他の庭師の花はもう見たのかな?」
瞬時にマイクの顔が引き締まったものに変わる。
「今年は乾燥に強い花を持ってきた。他の庭師のものはこれから見るところだ」
マイクがクラーク領に訪ねてきたお酒以外の理由は、これから開かれる園芸祭だ。
国内の主だった貴族の庭師が自慢の花を持ち寄って展示するのだ。
フロリマチ、黄金病の対処技術の件で、僕は技術の伝承の必要性を痛感した。
何とか庭師同士の交流を後押ししたいと思い、シャーリーと相談し、この祭りを開くことにしたのだ。
国中の美しい花、珍しい花が一堂に会するとあって、今、クラーク領は庭師だけでなく国中から多くの人がやってきている。
一番人を集めた花に対しては、栄誉以外の特典があるのだ。
「今年のフェリペの歌が楽しみだよ」
彼は一瞬笑顔を凍らせた後、「あの爽やかな笑顔が曲者なのですよ」と呟きながらマイクを連れて庭へと出て行ってしまった。
フロリマチの歌の習作にもなるかと提案したのだが、どうも彼には不評のようだ。
別の特典を考えるべきか思案を巡らせていると、馴染んだ感覚が体を駆け巡り部屋の空気が変わった。
「お帰り、シャーリー」
両手を広げて待ち構える僕の胸に彼女は飛び込んできてくれた。温かな魔力がもう一度駆け巡るのを感じながら、彼女を抱きしめる。
ウィンデリアに来て初めて魔法使いの印を知ったとき、生涯で心変わりが起きないのか不思議に思ったものだが、今なら分かる。
これほど相手が想いを常に教えてくれるのだ。
愛しさは湧き続け、溢れだすばかりだ。
彼女の髪に口づけた。
「無理をしてないかい?」
彼女は首を横に振る。遠方の領主からバタタス酒の依頼が届くと、彼女は魔力の転移で依頼をこなすのだ。到着が遅れるほど、他のお酒に機会を奪われてしまうと彼女は考えているようだ。
祭りもバタタス酒の販売も、彼女らしい感覚とその行動力で、僕や周囲の躊躇いを吹き飛ばし実現を成し遂げた。
彼女を誇りに思いながらも、どうしても考えてしまう。
僕がベインズに戻ることを諦めれば、彼女はもっとゆったりとした生活を送れるのではないだろうか。その方が彼女の好みの生活に近いのではないだろうか。
何度も口にしたことを今日も彼女の髪に囁く。
「ゆっくりでいいんだ」
熱い魔力を立ち上らせ、彼女は僕を見上げた。
「分かっている。ただ、今日の依頼主は初めての所だったから、特別だ。それに――」
彼女は言い淀み、頬を染めて横を向いた。
僕はこの顔に今も昔も弱い。ひどく弱い。
僕は彼女を抱きしめなおした。
彼女は抱き返してくれているが、沈黙を続けている。
これは何かを隠している。
僕は彼女の額に額を合わせて囁いた。
「僕に秘密を分けてくれないのかい?」
彼女は息を呑み、目を瞬かせた。恐らく顔全体を赤く染めているのだろう。額が熱い。
口づけたい思いを堪えて、僕は返事を待った。
数瞬後、彼女は熱い囁きを漏らした。
「早くお酒が売れれば――、その分、チャーリーとベインズに行ける日が早まる」
僕はもう彼女の口を貪ることを堪えなかった。
僕の昂りに応えるように、身体を溶かすような熱い魔力が流れ込む。
熱さに身を委ね、彼女の唇を存分に味わい、彼女の髪を撫でながら乱れた呼吸が収まるのを待つ。
そして瞳を閉じて心に誓いを立てていた。
僕は諦めてはいけない。彼女に諦めさせてはいけない。
諦めさせれば、彼女の輝きが消えてしまう。
彼女の隣に立つ僕は彼女の輝きを守らなくてはいけない。
お互いの呼吸が収まったとき、僕は誓いのための一歩を踏み出した。
「シャーリー。もう少し君の負担が少なく、そして早く販売できる方法を二人で考えてみないかい?」
彼女は目を輝かせて頷いた。その輝きは彼女に似合う、眩しいものだった。
その眩しさに胸が熱くなった。
そうとも、僕はこの輝きを守ってみせる。僕の大好きなこの輝きを。
お読み下さりありがとうございました。長くなりまして申し訳ございませんでした。後1話で完結です。久々にハリーが登場します。よろしければ後1話お付き合い頂ければ幸いです。




