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長い一日の始まり

お立ち寄り下さりありがとうございます。

シルヴィア嬢のご学友の婚姻パーティーが終わり王都に戻ると、王都は活気に満ちていた。

殿下の暗殺計画で王都を覆っていた重苦しい空気から解放され、息を吹き返していたのだ。

日常が喜びを伴って戻ってきていた。

王都の人の行き来も自由になり、貴族の社交も再開し、アメリア様も僕たちの旅行中に既にお茶会を一度開いたようだ。


そして、この解放感は僕にとっても待ち望んだものだった。

ようやくレスリー殿にフィアスの父への手紙を託せるのだ。

マイクから黄金病の対処を伝授されたものの、実質的に人の動きが制限されている状況では、かつての敵国に手紙を送り届けてもらう動きは自重しなければならなかった。

天使たちの受難がなければ、僕はこの焦燥感を抑えることが出来たのか疑問だ。


ともあれ何とか正気を保ったまま、レスリー殿と約束を取り付けた日を迎えることができた。


その日は長い一日だった。

朝は、清々しい始まりだった。

久々にセディとの朝の練習を再開でき、心身ともに素晴らしい一日の始まりを予感できた。

もっとも、やはり、セディはこの半年で少し剣が鈍ってしまっていたため、基礎から体の動きを確認することになった。

けれど、彼の長年の練習の賜物で、今朝の練習が終わるころには、彼本来の切れのある動きが戻ってきていた。

だから、このときは僕には心地のよい疲れしか感じなかったのだ。


流れが変わり始めたのは朝食の席からだ。

最近、この半年の重い空気から解放された幸せから、どうも気が緩みがちだったらしい。

満面の笑みを浮かべたアメリア様を見つめながら、何か落ち着かない思いが過ったものの、僕はその思いを意識から締め出してしまったのだ。


久々に公爵家の朝食は4人が席についていた。

殿下の暗殺が予知されてから、宰相である公爵も、セディも王城に泊まり込むことが多く、宰相は事後処理にも奔走していて、本当に久々の4人での朝食だった。

僕は4人で食べる幸せをかみしめながら、朝食を味わっていた。

アメリア様のあの笑顔も、きっとこの幸せのためだと、やや強引に結論付けてしまったのも仕方のないことだと思う。

いや、勘を無視してしまったのはやはり失敗だったのだろうか。


隣ではセディがやや速めに朝食を食べ進めている。シルヴィア嬢と共に登城するためだろう。

二人の登城を思い描き、脳裏に浮かんだことがあった。


「今日はレスリー殿に会う予定があるため護衛に付けませんが、明日からは僕も再び護衛として登城しようと思います」

殿下の暗殺計画に決着が付き、政情も落ち着きつつある。僕が登城してももう問題はないだろう。

そう考えての発言だったが、公爵がナプキンで口元を拭い、異を唱えた。


「チャーリー。食後に話そうと思っていたが、今後、護衛として動くことは控えてもらいたいのだ」


我知らず息を呑んだ。

殿下の暗殺にフィアスは全く関与していないと、ハリーからもセディからも内密に教えてもらっていた。

その後、新たな情報が入ったのだろうか。


僕の思考は顔に出ていたようだ。

公爵は首を振りながら、事情を説明した。

「今回、暗殺を企んだ国を公表することは取りやめることになった。巷では暗殺の首謀者に関して様々な憶測が出るだろう」


僕も強く頷いた。既に外国だけでなく国内の貴族すら噂に上っている。


「フィアスの関与が全くないことは明白だ」

公爵の言葉に、胸をなで下ろした。先ほど一瞬想像した最悪の事態ではなかったようだ。僕はようやく公爵の説明を落ち着いて聞く状態になれた。


「しかし、犯人を公表できないため、フィアスの潔白も明らかにすることはできない」


残念ながらそうなる。フィアスはかつての敵国であり、巷の噂に名を挙げられていた。

溜息を飲み込んだ時、公爵は僕を見据えた。


「そこで、私は君の出自を公表することにしたい。フィアスの宰相のご子息が私の下にいることが広く知られれば、幾分フィアスへの疑念が薄まると期待しているのだ」


フィアスの宰相が個人的にウィンデリアの宰相に借りがある状態なら、さらに言えば僕という人質がいる状態なら、暗殺は企てにくいと考えてもらえる可能性は高まる。


僕は公爵の威厳のある顔を見つめ返した。この半年の国難ともいえる状況にあっても、その威厳は損なわれていなかった。

久方ぶりに見る彼の顔は幾分皺が深くなり、国難を乗り越えた自信すら窺わせていた。

「僕に異存はありません。ぜひ、公表して頂きたいと思います」


公爵は僅かに頬を緩め、ゆっくりと頷いた。


公表されれば、僕は一国の宰相を務める者の子息であり、他国の宰相の子息の護衛に付くことは、外交上、国同士の上下関係を示してしまい問題となってしまう。

こうして、僕の護衛の役目は突如終わりを迎えることになったのだ。


一抹の寂しさと無力感に囚われながら、セディの登城を見送った僕には、感傷に浸る時間は用意されていなかった。

隣に立つアメリア様が満面の笑みを僕に向けたのだ。その脇に立つ公爵は実に複雑な表情を僕に向けている。

この瞬間、僕は自分の失敗を悟った。


予想を裏切らず、迫力のある笑顔でアメリア様は僕に言った。

「レスリーの所に行く前に、私の話を聞きなさい。チャーリー」

僕は瞳を伏せて、頷いた。


恐れおののく僕を待ち受けていたのは、5冊ほどの薄い冊子だった。

驚いたことに、今、僕が座らされている場所は、アメリア様の部屋ではなく公爵の執務室だ。公爵も同席して、アメリア様は僕に意気揚々と語りだした。

「アルバートから出自を公表することを聞いて、内密に私の友だちに話してみたのよ」


なぜ、ここまでアメリア様の笑顔が溢れているのか、皆目見当がつかなかったが、僕は一先ず頷いた。公爵は視線を窓の方に向けている。できれば僕もそうしたかった。


「ほほほ。それから一日も経たずに釣書がきたのよ。貴方、広場で歌っていたのが功を奏したわね。実はご令嬢たちがこっそり聴きに来ていたそうよ」

艶やかに高らかにアメリア様は笑い続けた。

ご令嬢たちに聴かれていたことはショックだったが、それよりも僕の意識は一つの言葉に囚われていた。

――釣書。確かお見合いに使う身上書のことだ。

ぼんやりとその言葉の意味を追い、愕然とした。


「お見合い!?」

声が裏返っていた。

凄みのあるアメリア様の笑顔と、視線だけでなく完全に体ごと窓に向いている公爵を眺めながら、僕は目を見開いていた。


波乱の一日の幕開けだった。


お読み下さりありがとうございました。5月完結間に合いませんでした。話の時間は、後2日なのですが、間に合わず断念いたしました。もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。

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