彼女とのダンス
お立ち寄り下さりありがとうございます。
心が弾む、とは、こういう感じなのか
その感想すら、笑いたくなるような気分で感じていた。
色とりどりの光があちこちで光り出している。
どうやら、簡単な魔法石が思うままに会場のあちこちで作られ、浮かべられているようだ。
ここは、魔法使いの婚姻のお披露目パーティ会場だ。
魔法使いでない人間の方が少数派だ。
魔法使いも修練を積むと、感情が昂れば即座に魔法石が作れるようで、会の盛り上がりと共に光がどんどんと増している。
今日の主役の小柄な可愛らしい雰囲気の新婦は、シルヴィア嬢のご学友だ。
彼女からは離れていても幸せな空気を感じることが出来た。
隣に立つ新郎も、さらに笑顔が輝き、披露目の今日を迎えたことを喜んでいる雰囲気が溢れ、見知らぬこの二人を心から祝福することが実に自然とできるものになっていた。
そして、僕の心は、会場の中で確実に一、二を争うことが出来ると思えるほど沸き立っていた。会場ではダンスが始まり、天使たちもそこに加わって花を添えているのだ。
ああ、本当に夢のように幸せだ
殿下の成人のお披露目会が終わり、一週間ほどが経っている。
ほんの一週間前には考えられなかったほど、天使たちは大団円を迎えた。
殿下の暗殺は防がれ、天使たちは殿下から婚姻を認められ祝福されたのだ。
セディの誕生日の夜、約束通り飲み交わしたハリーの話によると、吟遊詩人が歌を作り上げるほどの波乱があったそうだが、今となっては全てがよい思い出だ。
全てに決着が付き、久しぶりに屋敷に戻ってきたセディの顔は満ち足りたもので、精神はすっかり安定を取り戻していた。
今では、精神が凍っていた時の彼が恋しいぐらいの、シルヴィア嬢への執着ぶりだ。
すっかり忘れていたが、幼いころの彼も目に眩しいぐらいのあけすけな恋情だった。
そして、これはセディの誕生日に彼自身から聞いた話だが、何でも、シルヴィア嬢が印を贈ってくれた時に、「心が戻る」気配がしたそうだが、殿下の暗殺者は精神を攻撃するため、気配を押しとどめていたらしい。
この告白を聞いたとき、ハリー以外の全員から非難の嵐が吹き荒れた。
まぁ、シルヴィア嬢が目に涙を浮かべてセディを責め、彼がひたすら謝り続ける事態となったので、許すことにしよう。
一番苦しかったシルヴィア嬢が許したのだから、仕方ない。
セディが城に泊まり込み、これまで出来なかった朝の剣の練習を、厳しく行うだけに止めよう。基礎からやり直しだ。
ともかく、今の天使たちは、踊りながら笑顔を交わし合って、輝いている。
半年前の舞踏会の二人ではなかった。幼いころの、見ている周りまで笑顔となる魂の結びつきが分かる仲睦まじさだった。
思わず目に熱いものが浮かび上がる。
慌てて二人から視線を外し、隣に立つシャーリーを見つめた。彼女も半年前を思い出しているだろうか。
いつもの美しい姿勢の彼女は、目を何度も瞬かせていて、そのまつ毛には光るものがあった。
胸に温かいものが広がった。
気が付けば言葉がこぼれ出ていた。
「シャーリー。僕たちも踊ろう」
素晴らしい速さでこちらを振り返った彼女は、零れんばかりに目を見開き、小さく口まで開いている。
彼女を驚かせることが僕にできるなんて、それこそ驚きだ。
顔が綻ぶのを感じた。
急に頬を染めた彼女が、小さく尋ねた。
「いいのか?」
「もちろんだよ。女性のパートは苦手かい?」
彼女は小さく首を振り、横を向いてしまう。
その様子は、僕に幼いころのセディを思い出させた。
心が一層浮き立つのを感じながら、僕は手を差し出した。
「僕と踊っていただけますか?シャーリー嬢」
横を向いたままのシャーリーの瞳が、もう一度見開かれ、頬は一段と赤く染まった。
やがて、ゆっくりとこちらを振り返った彼女の顔は、輝くような喜びに彩られていた。
その色をずっと見つめていたい思いを感じながら、僕はシャーリーの手を取り、ダンスの場所へ誘った。
そして、今――
僕は、彼女とのダンスを全身で楽しんでいる。
笑い出したいぐらい、全霊で楽しんでいた。
初めこそ――彼女を支えるために背中に手を回した瞬間――、彼女の身体が跳ね上がり、ダンスはぎこちないものとなっていたが、すぐに彼女は打ち解けてくれた。
彼女のダンスは、鍛えられた筋肉がなせる、切れのいい素晴らしい動きだった。
見ていて気持ちのいい、そして美しい彼女の体の動きに合わせるうちに、僕の心は浮き立った。
音楽に合わせて、身体を動かす。
決められた動きでも、彼女とのダンスは、ベインズにいた時の自由な踊りを楽しんでいた心地を思い出させてくれた。
この会場の盛り上がりも、ベインズの食堂での踊りを思い出させてくれた。
心と身体からふわりと力が抜けていくようだった。
この半年だけでなく、ウィンデリアに来てからの10年間、気が付かずに強張っていたものが溶け切ってくようだった。
僕は、決められた回数より2回転多く回り、シャーリーに笑顔を向けた。
子どものような楽しそうな笑顔を返してくれながら、彼女は難なく回転に付いてきた。
「シャーリー、ダンスがこんなに楽しいものとは知らなかったよ」
「私もだ!」
僕は、やがて彼女も、声をたてて笑いながら、身体の限界までダンスを楽しんだ。
息が上がって汗もかいたころ、ようやくダンスの輪から二人して離れ、飲み物を口にした。
どうやら魔法を使って冷やしてあるようで、格別に冷えた飲み物が火照った体まで冷やしてくれる。
天使たちは体を寄せ合って、まだゆったりと踊っていた。
セディだけでなく、シルヴィア嬢も、熱い想いを隠すことなく瞳を閉じて二人の時間を楽しんでいる。
幼いころにはなかった情景だ。
目の毒だ。見ているこちらが当てられてしまう。
さっと視線を逸らしたとき、悪寒が走った。
女性の足音が、こちらに近づいてくる。長年の勘が逃げなくてはいけないと告げていた。シャーリーに一言断ろうとしたとき、可愛らしい声がかけられた。
「あの、踊っていただけませんか」
まだ声をかけられるまでに余裕があったはずなのに、どうしたんだろう。
まさか、転移…?
振り返れば、女性が目を輝かせて立っている。胸元が見えそうな盛装だ。
身体が強張り始めたその瞬間、奇妙なことに気が付いた。
シャーリーも僕も今日は祝いの場に相応しい盛装でこの場にいた。彼女も控えめではあるが、襟ぐりの開いたドレスだった。
彼女は大丈夫だったのに。
僕が疑問に囚われている間に、何とシャーリーは女性の手を取り、ダンスに誘い出していた。
シャーリー、ありがとう。来年は君のためのバタタス酒も用意しておく。
彼女に心からの感謝を捧げ、僕は男性たちが盛り上がっている輪の中に紛れ込んだのだった。
お読み下さりありがとうございました。急に気温が高くなりました。皆様のご健康をお祈り申し上げます。私は、すでに夏バテ状態です。




