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兄の襲来

お立ち寄り下さりありがとうございます。少し長めです。

先導するセバスチャンが声を潜めて、忠告をくれた。

「お心の準備をなさった方がよろしいと存じます」

近衛であるリッチーが、殿下の暗殺が予期されたこの時期に、一介の護衛を訪れる異様さは、確かに心の準備が必要だろう。

既に準備していたつもりだったが、僕は再度ゆっくりと呼吸を深め、囁き返した。

「ありがとう」


ドアをノックする前に、セバスチャンは物思わし気に視線を向けた。

僕は笑顔を向け、彼にドアを開けてもらった。

部屋を見た瞬間、セバスチャンの言葉の意味が分かった。そして、自分は心の準備が足りなかったことに、準備の方向性を間違っていたことに気づいた。


ソファには、リッチーと、一人の小柄なご令嬢、彼の恋人のエリー嬢、そしてシャーリーまで座っていた。気のせいでなければ、3人は少し、いや、かなりの緊張を纏っていた。


このメンバーで、この雰囲気で、いいことが待ち受けていることは期待できない。

僕は気合を入れて、笑顔を取り戻した。

「お待たせしたかな、リッチー」


僕の言葉に、3人は立ちあがった。

なぜだろう、3人から只ならぬ迫力を感じる。

セバスチャンがお茶の用意を始めたのを横目に、僕は唾を飲み込みながら3人に椅子を勧めようとしたが、リッチーは首を振った。

「申し訳ないが、早速、今日の本題に入りたい」

リッチーの瞳の迫力に驚きながら僕が頷くと、彼はニヤリと顔を歪ませた。

「エリーが、貴殿に惚れたそうだ。手合わせを頼む」


僕は自分の口が大きく開いたのを感じた


あり得ない。


つまり、僕は6人目の叩きのめす相手にご指名を受けたらしい。

彼女とは舞踏会で一瞬目を合わせただけだ。彼女から好意を抱かれた気配は当然なかった。

なぜ、そんなことを信じるんだ?

あの瞬間には、リッチーも僕の隣にいたはずだ。恋は盲目というけれど、あまりにも目が曇り過ぎている。

咄嗟にエリー嬢に視線を向けた。彼女はただ笑顔を僕に返してくるだけだった。


――そして数分後、

僕は庭の練習場所で、リッチーと向かい合っていた。

数歩離れた場所に、シャーリーが緊張を隠さず立っている。彼女は審判を務めるそうだ。さらに数歩離れた先には、エリー嬢が優雅に笑顔を浮かべて立っていた。

僕はもう一度リッチーに視線を戻した。

彼は闘志が漲っている。

対する僕は、剣を構えるのすらためらいを覚える状況だ。


覚束ない足取りでリッチーと向かい合う場所に行く前、エリー嬢とすれ違った。僕は声を殺して尋ねてみた。

「貴女は一体僕にどうしてほしいのです?」

可憐な印象を持つ彼女は、印象と真逆の含むところがありそうな笑顔を向けた。

「チャーリー様の最高の剣をお見せください」

それは、リッチーから自由になりたいということなのだろうか。彼女は彼に好意を抱いてはいなかったということなのだろうか。

けれど、彼女のあの笑顔は僕のこの予想を裏付けていない気がした。

彼女がリッチーを想っているなら、僕は負けるべきだ。


一体、僕はどうしたらいいんだ?


遠い昔、マイクに言われたことを思い出す。

――「迷いがあるときは、真摯に自分の剣に向き合いなさい」

気持ちは定まった。

ゆっくりと深い呼吸を2度繰り返した後、剣を構えた。


彼と視線が合った瞬間、彼は間合いに飛び込んできた。

鍛えた筋肉から振り下ろされた剣は、これまでの人生で受けた剣の中で1,2を争う重さだった。

振動が腕に伝う。この剣をただ受け続けることは、腕にも剣にも無理なことだ。

自分の敏捷さを生かして、彼を攻めた。

彼が受けに回り一歩後退したとき、襟足が逆立った。

横に飛んだ刹那、リッチーの足払いを掛けようとした右足が空を走った。

僕は着地し、そのまま地面を蹴り彼の間合いに飛び込み、彼の剣を弾きながら鳩尾に蹴りを入れた。

離れた場所で息を呑む声が耳に入った。

けれど、彼の鍛えた筋肉は、予期せぬ攻撃でも、僕の蹴りの威力を彼にたたらを踏ませる程度に殺していた。

彼が体勢を立て直す前に止めとなる突きを繰り出し、彼の目が見開かれたとき――、

僕は横に転がった。

先ほどまで僕がいた場所に、シャーリーが剣を突き出している。

目を吊り上げたシャーリーから、地を這うような声が響いた。


「兄上が負けて、万が一にもチャーリーがエリー嬢と結ばれるなど、可能性すら許さない」


手合わせに乱入されるという前代未聞のことへの驚きよりも、シャーリーの発言に意識が向いた。

いや、エリー嬢は僕のことなど何も想っていないし、結ばれるつもりもない!と喉元まで出かかって堪えた。

エリー嬢の意図が分からない内は黙るのが彼女のためだろう。

僕のためには全くならないが。


妹の作った時間に、ゆっくりと体勢を立て直したリッチーに目を向けた。

彼はどう出るだろう。手合わせに乱入されたことを憤るだろうか。

シャーリーを護れる位置まで移動したとき、リッチーは掠れた声を出した。


「俺だって可能性すら許さない。シャーリー、手伝え」


さすが、シャーリーの兄だ。僕では思いつかない発想だ。

僕は自分の口の端が上がるのを感じた。


リッチーは再び攻撃をかけ始めた。

鳩尾への蹴りが効いたらしく、リッチーの剣は先ほどまでと比べ幾分軽い。けれど、シャーリーの攻撃も加わり、そのことは特に状況を楽にはしてくれなかった。

恐らく、彼女も体術を備えているはずだ。

全ての可能性に気を配らなければならない。

久しぶりに、ベインズにいたころの5人に囲まれた実戦練習を思い出していた。


――敵の身体が自分の盾となるように

――敵の攻撃を敵同士の攻撃となるように


生き延びるために叩き込まれた動きが、鮮やかに蘇る。

二人の攻撃を何かと躱しながら、徐々に二人の位置が自分に近づくように仕向けた。

そしてリッチーの渾身の振りと、シャーリーの最速の振りがほぼ同時に繰り出された。

待っていた攻撃だ。

ほんの刹那、瞬きするほどの瞬間を堪えて、僕は飛びのいた。

二人の軌道は、その速さから変えることはできず、そのまま流れる。

その隙にリッチーの脇に回り、蹴りを叩きこんだ。

彼に膝をつかせる予定だった。

しかし、鍛えた彼の筋肉が威力を減じ、彼の剣の勢いを増す形となった。


――!


剣に反応できないシャーリーを見て、すべての時が止まった気がした。

次の瞬間、自分でも分からないうちに彼女の腰を抱え込み、リッチーの剣を弾き上げた。彼の剣は地面に鋭く突き刺さった。

どうやってこの体勢をとれたのか分からない。明らかに自分の限界を超えた動きだった。

今、確かに分かることは、張り裂けそうな心臓の速く大きな鼓動と自分の息遣いだけだった。


「「お見事」」


兄妹でピタリと揃った一言だった。僕は息を吐いて、天を仰いだ。

こうして、色々と疲れる手合わせはようやく終わった。



お読み下さりありがとうございました。何とか5月中に完結させたいです。お付き合いいただければ幸いです。

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