彼女との語らい
お立ち寄り下さりありがとうございます。
「随分、立派な部屋なのだな」
あちこちに目をやりながら、彼女が感想を漏らした。
僕の部屋は、元々は客間だった。調度品など部屋の内部は、贅を凝らした造りになっている。
「そうだね、公爵家にはよくしてもらっている」
部屋だけでなく、返しきれない程の恩を受けている。受け続けた恩の大きさに、溜息を洩らしそうになるのを、茶葉の香りを楽しむことで堪えていた。
ハリーのお気に入りの茶葉からは花の香りが漂い、滅入りがちな気持ちを解してくれる。
自分で言うのも何だけれど、上手く淹れられたと思う香りだった。
「どうぞ」
彼女はカップを受け取り、香りを試して、目を瞠った。
「ハリー様は、このお茶が好みなのか」
「そうだよ。君の好みのお茶はどんなものなんだい?ここにあれば、次はそれを淹れてみよう」
少し頬を赤らめて、彼女が告げた茶葉は、残念ながらここにはなかった。彼女の好みは、爽やかな口当たりのハーブ茶だった。今度、用意しておこう。
しばらくお茶を味わい、沈黙と香りが部屋に漂った。
「一体、何があったのか、聞いてもいいか」
ぽつりと彼女が囁いた。
許可を求めるところに、彼女の精一杯の気配りを感じて、思わず口の端が上がってしまった。
「ありがとう。聞いてもらえるのはありがたいよ」
彼女は突拍子もない考えを打ち出すが、信頼はできる人物だ。
僕は息を吸い込み、家名と父の役職は伏せて、大まかなことを打ち明けた。
打ち明けている間、彼女は身動き一つせず、空の青とも海の青とも違う青の澄んだ瞳をひたと僕に向け続け、話に聞き入っていた。
話し終えた僕は喉の疲れを覚え、お茶を口にし、冷めきったことに気が付いた。
もう一度淹れなおそうと考えたとき、彼女は首を傾げた。
「チャーリー。私には理解できないところがあったのだが」
少し緊張を覚えてしまった。
何しろ、相手はシャーリーだ。僕とは少し違う世界の住人だ。僕の説明不足から理解してもらえなかった可能性は低い。だから、きっと――、
「危険を抱え込ませる、というところまでは、何とか堪えた。そういう考え方もあると思わないでもない。多分」
理解と共感は別物だと思う。僕は共感までは求めていなかったつもりだが、彼女には自分と違う考えを理解してくれた段階でかなり苦しそうだ。
無理をしないで欲しいと口を開こうとしたとき、彼女が先に口を開いた。
「しかし、どうして、別の伯爵家とやらを継ぐことが、チャーリーの御父上の後を継ぐことを諦めることになるのだ?」
「…え?」
彼女の質問についていけず、反応が悪い僕に焦れたのか、彼女はテーブル越しに身を乗り出した。その瞳は強い意志を帯びていた。
「どちらも継げばいいだけではないのか?」
「…え?」
同じ言葉を発してしまった。
僕が彼女を理解できなかった。二つの家を継ぐ?フィアスでもウィンデリアでも前代未聞のことだ。
けれど、彼女は真剣に話し続ける。
「どちらも継ぐ必要が出来たのなら、継げばいいのだ。面倒だろうが、誰もやっていなかろうが、必要が出来たのならやるしかない。チャーリーの場合は必要ではなく、継ぎたいという希望を持った場合だ。もっとやりやすいのではないか?」
風が吹き抜けた気がした。
頭の中がすっきりと爽やかな空気に満たされた気がする。
彼女以外の誰かに言われても、こうはならなかっただろう。
彼女なら、きっと言葉通り、前代未聞のことでも躊躇わず成し遂げる。そう思わせる彼女からの意見だから、僕はその発想に可能性を感じることが出来た。
「シャーリーと話していると、違う世界に旅する様で、物事が鮮やかな色に見えるよ」
ベインズを諦めることはない。これまで通り、いつかベインズに戻ることを考えて生きていける。ベインズの、フィアスの復興を探って生きていける、その可能性は、僕の胸を温かいもので満たしてくれた。
僕は、もう一度、心からの感謝を表した。
「ありがとう。シャーリー。君がいてくれたことは本当に僕にとって幸運だ」
僕の顔は、感謝の思いで綻んだ。
しかし、彼女は息を呑み、突如立ちあがった。僕も慌てて立ち上がった。いつか見た光景だ。あの時は、
「カエルは集めないのか!?」
そうだ。こう言われたんだ。あの時、やはり聞き間違えてはいなかったようだ。
「ああ、そういえば前に聞かれたね。すまない、集めたことはないんだ」
彼女は歯ぎしりをした。
集めないといけなかったらしい。僕は慌てて記憶を辿る。やはりカエルを集めたことはなかった。
けれど、そうだ。
「花の種なら集めていたことがあるよ」
彼女は、そんなものでは足りない、全く足りない、とブツブツ呟いている。
何が足りないのだろうか。分からない。
花の種は、いつか屋敷の周りに作物以外を植える日が来ないかと、希望を持って集めていたのだ。残念ながら、その日は来なかったけれど、今もその時集めた種は、袋に入れてこの部屋にしまっている。
幼いころの追憶は、彼女に胸倉をつかまれたことで、途切れた。
彼女は瞳をぎらつかせ、唸るような声で尋ねる。
「お腹を脚で掻くことはしないか!?」
脈絡がないことに驚く前に、その行為自体が分からなかった。
なぜ、脚で?
「いや、その発想はなかった。柔軟性が求められそうだね」
僕にできるだろうか。今度、試してみよう。立った姿勢では難しそうだ。まずは座った状態で試してみよう。
謎の行為を試す順番をあれこれ考えている間に、ゆっくりと彼女の顔が近づいてきた。息遣いが分かる距離になっても、その動きが止まらない。
身体を捻って躱そうとして、驚いた。見えない壁に囲まれたように、体が固定されている。
胸元で薄っすら銀の光が放たれ体が解れた時、僕の唇に彼女の唇が触れた。
…え?
自分の唇が自由になったときには、彼女の姿はすでに消えていた。
お読み下さりありがとうございました。カエルはシャーリーさんの兄、お腹は父の、シャーリーさんには許せない癖です。




