表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/66

彼女との手合わせ

お立ち寄り下さりありがとうございます。

レスリー殿の執務室を出て、廊下を歩きだすと、自分の身体が重いことに気が付いた。

ハリーの紅茶は、今回は期待できない。

守護師の彼は、殿下の守護に全てを費やしているはずだ。

あの不器用な気配りが恋しかった。

髪を掻き上げ、気持ちを切り替えようとしたとき、胸の魔法石が薄っすらと銀の光を放った。

ここに危険が?

周囲の気配を探ってみたが、殺気どころか人の気配も感じ取れない。

疑問を抱きながら銀の光を眺めていると、目の前の空間が揺らいだ気がした。

身体に緊張が走り剣の柄に手をやると同時に、空間からシャーリーが現れた。


ああ、ここには彼女がいたんだ。

シルヴィア嬢の護衛の彼女は、当然、この屋敷に暮らしている。

彼女は青い瞳を丸くして、僕を見つめた。

僕の好きな彼女の瞳の色は、光量の少ない廊下では、海の青に近く見える。

何とか笑顔を浮かべて尋ねた。


「見回りなのかい?」

「ハリー様の力を感じたので」

「ああ、悪かったね。多分、敵はいないと思う」


彼女は頷きながら、僕の顔を凝視した。

恐らく落ち込みを隠せていない顔を見られるのは、きまり悪い。僕は目を伏せながら彼女の視線を遮った。

彼女が僕に近寄る気配に目を開けた時には、彼女に抱きこまれていた。

――!

声を上げる間もなく、辺りは青の光に包まれた。


「着いた」


凛とした声は僕の混乱を静め、僕は落ち着いて目を開いた。

見渡せば、そこは慣れ親しんだ公爵家のセディとの練習場だった。

送ってくれた礼を言おうと口を開いて、僕は彼女から飛んで距離を取った。

自分の勘は正しく、彼女は剣を抜き飛び込んできた。


ハリーの光はこれだったのか?

剣を受け止め、弾き返しながら、彼女を見る。

先日の手合わせの時とは別人の切れの良さだ。剣の振りからの風圧で、肌に痛みを感じる。

先日の彼女の剣は堅実な振りだったが、今日の彼女はがむしゃらに突き進む振りだった。

彼女の感情が込められた剣だ。

けれど、がむしゃらで勢いはあるが、その分、防御に粗が目立つ。

彼女を傷つけないよう、細心の注意を払いながら彼女の剣を受けていた。

そのためか、まだ、彼女の魔力は剣に乗らない。


これでは、折角の彼女の厚意を無駄にしてしまう。


僕は剣の動きの合間に息を吸い込み、心を無にした。

周りの景色は消え、彼女の姿だけが世界に残る。やがて自分の世界に彼女が剣を振る音さえ無くなったとき、彼女の剣を薙ぎ払う形に剣を振っていた。

彼女には僕の剣の軌道が見えていただろうに、一瞬、惚けたように剣を止め、そして彼女の剣は弧を描いて宙を舞って行った。

目を瞬かせながら、彼女は呟いた。


「お見事」


彼女は、空になったまま振り上げていた腕を見遣り、悔しそうに唇をかんだ。


「私では相手にならないのだな」


その悲しそうな囁きに、今まで経験したことのない痛みが胸に走った。

俯き、立ち尽くす彼女の代わりに剣を拾い上げ、彼女に手渡した。


「強い相手だから、僕は本気を出せたんだよ」


彼女は俯いたままだ。

僕に向けてくれた彼女の厚意がこんな形で終わるのは嫌だった。

いや、どんなときでも彼女がこんな悄然とした姿を見せているのは、嫌だった。

彼女には、その瞳に強い意志を乗せて、僕に理解できないことを言い放つ姿が似合っている。


僕は必死に言葉を紡いだ。

「僕は、これまでの人生でつらいとき、色々な人に心を向けてもらった」

あの銀の魔法使いから、レスリー殿から。屋敷の皆から。

「僕には、その心は宝物だ。一生忘れたくない大事な時だ」

彼女はまだ俯いたまま、僕を見ようとしてくれなかった。


「君の先ほどの手合わせは、その中の一つになった」

彼女の肩がピクリと動いた。


「君の剣のお陰で、僕は心を無にできた。気持ちを切り替えることができた。君が本気を向けてくれなければ、僕はあそこまで集中できなかった」


魔力が乗らなくても、彼女は本気を剣に乗せてくれていた。魔力が乗らなかったのは、僕のせいだ。君が向けてくれた気持ちのお陰で、僕がその隙を与えない程、本気になったから。


僕は息を吸い込んだ。俯いたままの彼女に、思いを向けた。

お願いだ、届いてくれ。

「ありがとう。シャーリー。心から君の気持ちと剣に感謝している」


彼女はゆっくりと僕に振り返った。薄っすらと頬を染めて、僅かに頷いてくれた。

僕は自分の顔が綻ぶのを感じた。


「今日は、セバスチャンが君の訪問を知らないから、飲み物の用意がない」

彼女ははっきりと頷いた。

僕は姿勢を正して、彼女の前に腕を差し出した。

「シャーリー嬢。僕の部屋で、ハリーのお気に入りの紅茶を飲んでいきませんか?」


彼女は一瞬頬を深紅に染め、彼女の周りの空気も熱くした後、そっと僕の腕に手を置いてくれた。

そして、僕たちは笑顔を交わしながら、屋敷に向かった。


歩きながら、僕は体が軽くなったことを感じ、さらにもう一つ感じたことがあった。

彼女の手が僕に触れた瞬間、なぜだか、僕の心に明かりが灯った気がしたのだ。

理由は分からないが、悪いことではない。

僕はその明かりを一先ず片隅に追いやった。

今は、ハリーのお気に入りの茶葉を最高の味で彼女に試してもらうことに専念しよう。

僕は彼女をエスコートして、自分の部屋に案内した。


お読み下さりありがとうございました。皆さま、素敵なゴールデンウイークになりますようお祈り申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ