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執事の思案

お立ち寄り下さりありがとうございます。今回、短めです。

「セバスチャン、教えて欲しいことがあるんだ」


ある日、私が侍女長のエマとお茶をしながら休憩をしているときのことでございました。

チャーリー様が申し訳なさそうに、私どもの休憩室に足を運ばれ、困惑した表情で私に問いかけられたのです。

チャーリー様がここまで戸惑われている表情を私が見るのは初めてでございました。

密かに心の準備をしながら、私は返事をさせていただきます。


「私にお教え出来ることでしたら、何なりと」


安堵の表情を浮かべ、チャーリー様はそのままエマに笑顔を見せながら、彼女の隣に腰かけられました。

主の一家に連なる方とお茶をするなどあるまじきことでございますが、チャーリー様の爽やかな笑顔をみると、そのことを指摘するのも無粋な気がいたします。

私は作法を忘れることにして、チャーリー様にお茶をご用意したのでございます。


エマはチャーリー様に話しかけられて、嬉しそうに目を輝かせています。

元々、チャーリー様は屋敷の使用人から慕われていらっしゃいますが、若様が心の調子を崩されてから、一段と使用人から頼りにされ、慕われているのです。


あの日、幼いころの「人形」のセドリック様よりさらに感情が抜けきったセドリック様が、ハリー守護師に伴われて帰宅され、屋敷の皆は騒然としていました。

翌日も屋敷の動揺が収まらない中、チャーリー様はすれ違った使用人一人一人に声をかけていらっしゃいました。


「大丈夫だよ。セドリック様とシルヴィア嬢の絆を信じよう。シルヴィア嬢が生きていらっしゃる限り、セドリック様は必ずシルヴィア嬢のためにも戻られるはずだ。何より、これからはシルヴィア嬢もセドリック様を支えて下さるだろう」


チャーリー様のお言葉は、聞く者に納得させるだけの真摯な響きがあります。

チャーリー様の笑顔は、見る者も明るい気持ちになる心からの純粋な笑顔です。

屋敷の皆は、平静を取り戻すことが出来たのでございます。


ベインズ公爵とのお約束の時は間近となっています。

10年前、私を驚かせるほどの純粋で澄んだ眼差しを持った少年は、10年の時を経て、その澄んだ眼差しのまま立派な大人になられました。

旦那様も、そしてチャーリー様ご自身も予測していらっしゃるご様子ですが、恐らく、フィアスに即座に戻られることはないでしょう。

旦那様はチャーリー様の身の振り方について、秘密裏に色々とご準備なさっています。

しかし、チャーリー様がどのような道を選ばれても、この方は今のまま澄んだ眼差しを持ち、周りには人が集まってくるのでしょう。


物思いにふけっているうちに、お茶の香りが立ち込めました。

チャーリー様は笑顔でお茶を受け取り、一口味わって、さらに笑顔を深めていらっしゃいます。

私が席に戻ったのを見て、チャーリー様は話を切り出されました。

果たして、私がお答えできることなのでしょうか。

私は居住まいを正しました。


「僕がいたフィアスでは、その…、」


言い淀み、チャーリー様は俯いて、もう一口お茶を飲まれました。

エマは話の行方が分からず、手を膝に置いて続きを待っています。

今や、休憩室には明らかな緊張が訪れています。

そして、チャーリー様は顔を上げて、澄んだ眼差しで問いかけられたのです。


「この国では、女性は夜這いをするものなのかい?」


私は、執事に不可欠の技術、顔面を動かさない技術を総動員いたしました。

目の端では、エマが零れんばかりに目を見開き、のけ反った様子が見えました。

その様子は、先日いらしたシャーリー嬢のお言葉を耳にして呆然としたチャーリー様の表情を彷彿させたのでございます。

ご自分の常識では考えられないことに呆然としたものの、あそこまで堂々と口に出されたため、チャーリー様は異国でお育ちのご自分の常識に疑問を覚えたのでしょう。


質問の経緯は分かりました。

さて、残る問題は、私の返事だけでございます。

どのようにお答えしたらよいでしょうか。

シャーリー嬢の名誉と、ウィンデリアの女性の名誉を守らなくてはなりません。

同時に成し遂げることは、なかなかの難題でございます。


私はチャーリー様の澄んだ瞳を苦しい思いで見つめながら思案しておりました。


お読み下さりありがとうございました。

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