初めての手合わせ1
お立ち寄り下さりありがとうございます。少し、長めです。
「お客様がお見えです。応接室でお待ちいただいています」
セバスチャンが僕の部屋に来客を伝えに来てくれた。
誰だろう?誰とも約束はなかったはずだ。
わざわざセバスチャンを通すということは、レスリー殿でもハリーでもないはずだ。
二人はそもそも正門を使わない。
僕の疑問は顔に出ていたようで、歩きながらセバスチャンが小声で教えてくれた。
「シルヴィア嬢の護衛をなさっている、シャーリー嬢です」
名が告げられた瞬間、先日の舞踏会を思い出し脚が止まりそうになったが、何とか歩き続けた。
そして、気が付いたことがあった。
セバスチャンは、シャーリーに「嬢」と呼称を付けていた。貴族のご令嬢に付けるものだ。
昔、セディと共に講義を受けていたときの貴族の一覧に、「クラーク伯爵」があったことを思い出した。
「クラーク伯爵のご息女なのか。知らなかったよ」
僕の呟きにセバスチャンは律義に答えてくれる。
「3代目の国王より伯爵位を賜った古いお家です。代々、武勇で名を馳せています。現当主は、近衛の総隊長を務めていらっしゃいます」
「なるほど」
そういえば彼女の兄も、近衛に勤めていた。
彼女の素晴らしい筋肉は、お家柄、不思議ではなかったのかもしれない。
しかし――、
「伯爵家のご令嬢が護衛を務めるのは異例だろうね」
セバスチャンが複雑な目で僕を見た。
「そうとも言えるかもしれませんが、貴方様は、公爵家の嫡男で護衛を務めていらっしゃいます」
ああ、そうだった。
父は新しい王から恩賞として公爵位を賜ったのだった。
レスリー殿によると、何度も固辞した父に、公爵位を受け取らないなら譲位すると王から迫られたそうだ。なかなかツボを突いた説得に、話を聞いた僕は笑いが漏れてしまったものだ。
「僕は家を出た身だから、例には含まれないですよ」
物言いたげな眼差しを一瞬見せたセバスチャンだったが、ものの見事に表情を戻し応接室のドアを開けてくれた。
シャーリーは背筋が伸びた美しい姿勢で、腰かけていた。彼女の凛とした雰囲気が強調されている。
「待たせてしまったようだね、すまない。シャーリー嬢」
彼女は立ちあがりながら目を見開いた。そして視線を少し横に逸らした。
「シャーリーで構わない」
僕は思わず頬が緩んだ。
「ありがとう。シャーリー」
彼女はまた慌てたように顔を横に向け、頷いた。
セバスチャンは、お茶を淹れ始めた。お客が女性だからだろうか、甘めの香りが部屋に立ち込めた。
「今日は、相談したいことがあって来たのだ」
彼女はお茶も待たずにいきなり切り出した。
「どうしたんだい?」
セバスチャンがカップを置いてくれている途中だったが、僕は尋ね返してしまった。
シルヴィア嬢に何か起これば、セディはまた打撃を受けてしまう。
シャーリーは僕の不安は感じていないようで、返事よりも先にカップを手に取った。
僕もつられてカップを取る。不安を甘い香りで紛らわしたかった。
「お嬢様が夜這いをかけたときの警護に付いて、相談したい」
「…は?」
声が漏れていた。遠くでカシャンと音が鳴った。いや、僕が音を立ててカップをテーブルに置いていたようだ。指が熱い。
どうやらお茶を零してしまったらしい。
だが、指を見る余裕はなかった。自分の耳に入った言葉に追いつくことで一杯だった。
聞こえた言葉は、白昼堂々と声に出される言葉ではなかった気がする。
頭を整理したかった。色々整理したかった。
「待ってくれ…」
彼女が僕の頭のために待つことはなかった。
「お嬢様に夜這いをお勧めしようと――」
「シャーリー、庭に案内させてほしい。僕はバタタスを植えているんだ」
シャーリーの言葉を遮りながら、僕は自分の立ち直りの早さを褒めたかった。
セバスチャンがこのことを口外することはあり得ないが、やはりシルヴィア嬢の名誉を守りたかった。いささか遅すぎた感もあるのだが。
せっかくセバスチャンが紅茶を淹れてくれたのに、ほとんど口を付けないことは申し訳なく、僕は目で彼に謝ると、彼はそっと濡れた手巾を僕の指に当てた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
さすがセバスチャンだ。
彼の態度に乱れは一切ない。僕にはたどり着けない境地に彼はいる。僕は彼に畏敬の念を抱いた。
「素晴らしい収穫が期待できそうだな」
「分かるのかい?僕もそう思っている」
伯爵令嬢に作物を見せるのは考えが足りなかったと、案内しながら頭を抱えていたが、シャーリーは座り込んでバタタスを熱心に観察していた。
「私の家の庭では、不測の事態に備えて作物も植えることが、代々続けられているのだ。バタタスも少し植えている」
「そうなんだ。他には何を植えているんだい?」
彼女と会話が成り立っている。理解できる部分があったのだ。
その後も作物の話を続けながら、僕は気持ちが湧きたった。シルヴィア嬢以外のことなら、彼女と会話ができるのかもしれない。
奇跡のように会話が成り立った作物の話題が途切れた時、彼女はいきなり僕に詰め寄った。
あまりの勢いに、咄嗟に僕は彼女から距離を取ってしまうほどだった。
彼女は、空の青よりも濃く、海の青より澄んだ瞳を光らせながら、唸るように言った。
「もう我慢が出来ない…!」
ああ、また分からない世界が始まるのだろうか。
僕はやや脱力しながら、心の準備をした。
シャーリーは、僕の目をひたと見つめて、意外にも囁くような小さな声で続きを言った。
「私と手合わせをしてくれ」
唐突な申し出だったが、今度は僕の頭を整理する必要はなかった。
僕もセディを預けた彼女の戦い方は見てみたいと思っていた。
自然と口元が緩む。
「喜んで、相手をさせてもらうよ」
彼女は、瞬間、目を瞠り、横を向いて頷いた。
「ありがとう」
彼女の頬はなぜだか微かに染まっていた。僕は不思議なほどその頬をしばらく見つめていた。
お読み下さりありがとうございました。1回で収まりませんでした。申し訳ございません。




