表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/66

約束の前払い

お立ち寄り下さりありがとうございます。

公爵もセドリック様も、今日の夕食には間に合わなかった。

ハリーの予知通り、シルヴィア嬢が重大な予知をしたのだろう。

4人で食卓につける日は、半年後になるのだろうか。


寝支度を終え、体をほぐしながら取りとめもなくそんなことを考えていた。

肩甲骨の周りを伸ばそうとしたとき、寝台の横に置いていたハリーの守護石が微かに光った気がした。

急いで手に取ってみたが、微かに銀の光を放っているものの、先日のように振動はしていない。それでも、不安は拭えなかった。

念のため、あくまでも念のためだ。

守護石を握ったまま、僕はセドリック様の部屋に向かい、そっとノックしてみた。

返事はない。

そもそも夕食に間に合わなかったセドリック様が、この時間に帰宅できているのか疑問だった。

いつもの自分なら、ここで踵を返したはずだ。

けれど、ハリーの守護石の光が気になり、静かにドアを開けてみた。


果たして、セドリック様は部屋にいた。

明かりのない部屋で、セドリック様の全身は薄っすらと白金の光に包まれ、姿が浮かび上がっていた。

美しいと言ってもよい光景だったが、セドリック様の表情が異様さを際立たせていた。

全く表情がない。そして全く体に動きがない。

目の焦点も合っていないようだった。


「セドリック様、食事はとられましたか?」


近づきながら声をかけたが、体はピクリとも動かなかった。

これでは、賊に襲われても全く抵抗できないだろう。

僕は目をセドリック様の瞳に合わせ、彼の肩に手を置いてもう一度声をかけた。


「セドリック様、せめて外套を脱ぎませんか?」


身体に触れたのに、全く反応はなかった。

ハリーの昨日の話では、シルヴィア嬢の予知は殿下に関するものだったはずだ。

彼女に危険はないと思っていたが、予知をした際に彼女は危ない状態になったのだろうか。


目の前の凍りついた天使の頭を撫でた。


「僕の声が聞こえますか?」


淡い緑の瞳は虚ろなままだ。

どうやったら、彼の閉ざされた心に近づくことが出来るだろうか。

彼と剣を通して10年近くの時間を共にした絆は、無力なのだろうか。

初めて手にした剣の重みに揺らいでいた可愛らしい少年は、この10年の間に、国一番とも評される素晴らしい剣の使い手となった。

彼にできることが増えるたびに、彼の剣が手強くなるごとに、喜び合い、練習の合間に少しずつ積み重ねた会話は、彼に意味のないものだったろうか。


激しい想いが僕に沸き上がった。

――そんなはずはない。


けれど、僕のこだわりがなければ、絆をより深めることはできたのかもしれない。

僕はもう一度、彼の固まった肩に手を置き、光のない瞳に目を合わせた。


「僕の声が聞こえるかい?セディ」


一瞬、守護石から銀の光が立ち上った気がした。

セディの身体が、微かに揺れ、淡い緑の瞳は瞬いた。


「まだ1本も取れていないです。師匠」


ぼんやりとした口調だが、会話が戻った。僕は目に熱いものがこみ上げるのを感じながら、答えていた。

「確かにそうだね。約束の前払いだよ」

「前払い…」

セディの瞳は何度も瞬かれた。

「そうだよ。前払いしてしまったのだから、君には必ず僕から1本取ってもらわないとね」

淡い緑の瞳は、すっと細められた。

「取ります。必ず」

そう、この天使は見た目によらず、熱く、勝気なところがあるのだ。きっと彼の言葉通り近いうちに僕は1本取られるだろう。その実力は十分にあるはずだ。

弟子が師匠を超えてくれることほど、師匠にとって誉となることはない。

僕は頬が緩むのを感じながら、セディの肩に置いた手に少し力を加えた。


「セディ、シルヴィア嬢のことが心配なら、その目で確かめて来ると良い」

淡い緑の瞳は丸く見開かれた。


「何度でもシルヴィア嬢が生きていることを確かめると良い」


周りの人間の「言葉」は、セディの心に入らないだろう。

それならば、自分の目で「事実」を確かめてほしかった。何度でも確かめて、シルヴィア嬢が生きていることを実感してほしかった。

それが、セディの心をもたせる縁になるはずだ。

固まり続けるよりは、ほんの少しでも動いてみて欲しかった。


僕は切実な思いを込めて、淡い緑瞳を見つめた。芽吹いたばかりの緑は、僕の思いを受け止めてくれたように感じた。

彼は少し息を吸い込んだ後、姿を消した。

どうやら早速シルヴィア嬢の下へ転移したようだ。


安堵の息を吐いた後、ふと我に返った。

しまった、今は真夜中だ。

侯爵家の誰かにセディの姿を見られでもしたら、シルヴィア嬢にもセディにもとんだ醜聞になってしまう。

頭を抱え込んだとき、先日の舞踏会の衝撃の言葉が脳裏に蘇った。


――「もう、お嬢様がセドリック殿を押し倒してしまえばよいのではないだろうか」


ああ、侯爵家にはシャーリーがいるのだ。

あのシャーリーがシルヴィア嬢の護衛に付いているなら、醜聞()()ならない気がする。

いや、醜聞にはならないが、別の意味の醜聞をけしかけられる気がする。

まぁ、セディのあの状態なら、大丈夫だろう。

僕は僅かに疲れを覚えながら、自分の部屋に戻ったのだった。


お読み下さりありがとうございました。少し体調が良かった日が続き、投稿できました。次回はシャーリーさんが登場します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ