再会もしくは真の出会い
お立ち寄り下さりありがとうございます。
舞踏会は苦手だが、アメリア様の反対を押し切って護衛として参加できた場合は気が楽だった。
なぜなら、ご令嬢たちに取り囲まれても、「勤務中ですから」と正当な理由で抜け出すことができるからだ。
けれど、今日は、護衛として参加しご令嬢たちからも自由でいるのに、気分は重かった。いっそ、アメリア様の意見通りに招待客として参加した方が良かったかもしれない。
護衛は視野が広くなり、セドリック様の様子をつぶさに見ることが出来るのだ。
――やはり、また凍りついてしまった。
セドリック様から少し目を逸らし、僕は何とか溜息を堪えた。
今日の舞踏会は、王太子殿下主催のささやかなものだ。思い思いのドレスに身を包んだご令嬢たちが華やかさを添えている。
セドリック様は先ほどまでシルヴィア嬢とダンスをしていた。
念願のシルヴィア嬢とのダンス。
セドリック様は、夜会での初めてのダンスはシルヴィア嬢と踊りたいと、ずっとご令嬢たちの誘いを断ってきていた。
セドリック様の気持ちを思い、喜び祝いながらそのダンスを見つめられるはずだった。
しかし、実現した初めてのダンスをセドリック様が楽しめているかは、かなり疑問だった。
シルヴィア嬢を楽しませようと、必死に心を取り出している様子が、僕には辛かった。
殿下がシルヴィア嬢をダンスに誘い、セドリック様は一人になると、凍りついた彫像と化してしまったが、無理をしていないその様子の方が僕には辛さが少なかった。
幾人かのご令嬢たちが、セドリック様に近寄りたそうに視線をちらちらと向けているが、全く感づいてもいない様子だ。
あれでは、敵に襲われても反撃が遅れてしまうかもしれない。
しかし、今の僕の最大の関心事は別にあった。
何としても、これだけはこの場で確かめておきたい。
僕は、隣に立つシャーリーに、さり気なく話しかけてみることにした。
「若さ…、セドリック様は非常に女性にもてる方なのだ」
ご令嬢たちの視線がまだ目に付いていたため、目的から随分遠回りした会話の始まりをしてしまった。仕方ない。このまま少しこの話題を続けて、本題に入ろう。
「選り取り見取りといいって良いほどだ」
あれだけご令嬢たちから視線を受けて、それを感知できないのはやはり問題だ。
とは言うものの、今のセドリック様にどのように指導したものだろう。
僕の頭はセドリック様の危機探知の欠如に囚われていて、聞き手の立場を考慮できていなかった。
「シルヴィア様も、男性にもてる方と思われます」
シャーリーの随分と硬い声を耳にして、ようやく、シルヴィア嬢に失礼な発言だったことに気が付いた。本題からさらに離れてしまいそうな空気を作り出してしまった。
「そういうことを言いたかった訳ではないのだ。」
僕はようやくセドリック様とご令嬢たちから意識を外して、会話に専念することにした。
「セドリック様は、それでもシルヴィア嬢以外を見たことがないのだ」
「それが不満だと?」
釈明したつもりだったが、もはや気を悪くした相手には、火に油を注いでしまったようだ。シャーリーは今にも剣に手を掛けそうな雰囲気になっている。
「違うのだ。言いたかったことは、それだけセドリック様にはシルヴィア嬢が全てなのだということなのだ」
シルヴィア嬢を非難しているつもりがないことが伝わるだろうか。
本題に入ってよいかシャーリーの顔色を見るために、向き直った。
彼女の顔には疑問が浮かんでいたが、怒りは一先ず抑えてくれたようだ。
僕は本題に入ることにした。
幼いころマイクに教わった、敵の陣地で話すときの発声の準備をした。
「あなたが帯剣しなければいけないほど、シルヴィア嬢は危ない状態なのか?」
彼女が帯剣しているのを目にしてから、ずっと気にかかっていた。
瞬間、彼女は目を見開き、呆れ、怒り、そんな複雑な表情を浮かび上がらせた。けれど、恐れていた警戒の表情はそこにはなかった。どうやら杞憂だったらしい。
僕は安堵のあまり、口が緩んでしまった。
「セドリック様のためにも、シルヴィア嬢をしっかり守ってもらいたいのだ」
言うつもりのなかった、勝手な願いを零してしまった。そう気が付いていたのに、まだ本音は溢れ続けてしまった。
「シルヴィア嬢にこれ以上何かあれば、…あの方は完全に壊れてしまう」
一番自分が恐れていることを口にしてしまった。
考えたくもないが、壊れるどころか命も危うい気がする。
僕の弱音に気がそがれたのか、シャーリーの身体が解れた。彼女は隠すことなく溜息をついた。
――そして、その言葉は紡がれた。
「もう、お嬢様がセドリック殿を押し倒してしまえばよいのではないだろうか」
「は…?」
全てが吹き飛んだ。胸の重さも恐れも、何もかもが吹き飛んだ。
僕は何を聞いたのだろう…。
自分の耳に入ってきたことが理解できなかった。僕の耳がおかしくなったのだろうか。
何か信じられないことを聞いた気がする。
僕は半身引いていた。
「あれだけ思いあっておられるのだ。
セドリック殿が心を閉ざされているとはいえ、お二人して何をぐずぐずしているのだと思わぬか?」
彼女は話続けている。どうやら、先ほど聞いた気がした言葉は正しかったらしい。
え…、正しかったのか…?
やはり、「押し倒す」と言ったのか?
彼女の口は動き続けている。何か僕に意見を求めているようだが、全く耳に入ってこなかった。
何とか声を絞り出した。
「いや…、待ってくれ、話についていけないものが…」
彼女は僕の頼みを気にも留めていなかった。そのまま話を続けた。
「肌を合わせれば、セドリック殿もシルヴィア様が生きていると実感できると思わないか?
そなたから見て、セドリック殿は、あの状態では感じら」
さすがに僕の身体と頭は戻ってきたようだ。気が付くと彼女の口を押えていた。
周りにこんな発言が聞かれてしまえば、シルヴィア嬢とセドリック様にとんでもない醜聞が立つ。
「こんな大人数の前で何を言うのだ! 周りに聞かれたらどうする!」
彼女は怒りを表しにしてこちらを睨み上げていた。
僕の頬は羞恥で熱を持っているのに、彼女は全く怒り以外の色がない。
だめだ、共通の考えがあると思えない。彼女と会話ができる気がしない。
僕は彼女を理解することを諦め、言いたいことだけを言うことにした。
「ともかく、シルヴィア嬢を守ってほしい」
彼女から怒りの色が消え去り、真摯な眼差しが浮かび上がった。
「言われるまでもなく、この身に代えてでも」
護衛としての彼女は、僕にも分かる誠実さがあるようだ。
理解できる部分を見つけられたが、今まで味わったことのない疲れを覚え、僕は勤務中にも関わらず、無性に壁に寄り掛かりたくなった。
お読み下さりありがとうございました。次回もまだ舞踏会の話です。本編に出てこなかったシャーリーのお兄さんが登場します。




