一日師匠
お立ち寄り下さりありがとうございます。
――君の戦い方を見せてやって欲しい
突然、転移で学園に現れたハリー様からそのように頼まれたとき、正直、驚いた。しかも見せる相手は、お嬢様の想い人のセドリック殿だという。
あの少年には、天才と呼ばれる剣士、チャーリーが師匠に付いている。
彼を差し置いて、私がセドリック殿に剣を教えるなど、恥を知らぬ行為に思われた。
「そなたの魔力を乗せた剣技を見せてやって欲しい」
その一言で少しハリー様の依頼が腑に落ちた。
チャーリーは魔力がなかった。彼には不可能な技だ。
しかし…
「セドリック殿の師匠は了承しているのですか?」
まだ納得できない思いがあった。
全てを見透かす濃い青の瞳は、私の逡巡も貫いていた。
「その師匠から依頼されたのだ。迷う必要はない。セドリックのために協力してほしい」
完全に納得してはいなかったが、それ以上私が異議を唱えることはできなかった。
二年半ぶりに会ったセドリック殿は、子どもの愛らしさは消え、美しい青年へと変わりつつあった。背丈も伸び、私と同じくらいだ。
そして、鍛えられた筋肉が付き始めていた。
彼の師匠は、無理を課さず丁寧に彼を鍛えているようだ。王城の広い練習場を見渡したが、ハリー様とセドリック殿以外の姿はなかった。
なぜだか、一瞬、胸が冷たいもので満たされた。
気を取り直し、セドリック殿に向き合った。
「私は自在に魔力を乗せることはできません。魔力を乗せなければ対応できない時に魔力が乗ります。まずは私と手合わせしてください」
セドリック殿は頷きながら、顔から表情を消し去り、微かに淡い緑の魔力が立ち上らせ、剣を構えた。
なかなかの威圧感だ。これなら魔力を引き出して手合わせすることになるだろう。
彼は私が剣を構えると、即座に飛び込んできた。
迷いのない、無駄のない剣の振りは、美しさを生み出していた。
これが、チャーリーの剣…
セドリック殿を通して、チャーリーの剣が見えた思いだった。
セドリック殿の一振りを受け止めただけで、私は魔力を乗せて剣を振ることになった。
近衛に勤めている兄と同じぐらい、いや、若さからくる敏捷性のために兄よりも手ごわかった。
魔力が乗った私の剣は、重さと速さが格段に増す。セドリック殿の瞳が、一瞬、見開かれた。
刹那、瞳を細め、激しい攻撃を繰り出す。
何度か彼の剣を受け、私は魔力を高め、剣の振りに魔法の攻撃を乗せ、氷の刃を繰り出した。
息を呑んだ彼は、氷を刃で受け止める。
私はその瞬間、彼の首に、髪一筋の距離まで剣を突き出した。
「見事だ」
決して大きくはないのに、練習場の空気に染み渡る声が響いた。
セドリック殿も剣を収め、綺麗な礼をした後、私に感嘆の眼差しを向けた。
二人の純粋な称賛が面映ゆかった。
セドリック殿は呑み込みが早く、その後、3度手合わせをするうちに、炎の攻撃を剣の振りに乗せることが出来るようになり、私の指導は1日で終わることになった。
練習後の休憩に、セドリック殿と並んで腰を下ろし、飲み物を口にした。
ハリー様が、何と、茶器を転移させて、紅茶を淹れて下さったのだ。
紅茶とは思えない程の美味しさだった。
何か魔法を使ったのだろうか。
美味しい紅茶と、手合わせによる高揚で、私は口が滑った。
「チャーリーは、貴方にこの技で負けると悔しがるでしょうね。…剣だけなら負けないと」
自分から口にしておきながら、胸に鈍い痛みが広がった。
――「卑怯だ!こんなものは剣ではない!邪道だ!」
兄の同僚の声が蘇る。兄に勝つこともある剣の達人だった。
幼いころから、折に触れ手合わせをしてくれていた彼は、速さと重さが備わった剣だった。
何とか彼の剣を受け止め、一太刀だけでも反撃したくて、私はこの技を編み出したのだ。
そして、彼の剣を叩き落したとき、彼は怒りを、憎悪を込めて叫んだのだ。
久しぶりに浮かび上がった記憶は、痛みを広げていった。
この歳になっても、まだ私は――
「あり得ないですよ、師匠がそんなことを言うなんて」
笑いをこらえた声が、私を過去から引き戻した。
お読み下さりありがとうございました。微妙なところで切れてしまい、申し訳ございません。




