もう一人の師匠へ
お立ち寄り下さりありがとうございます。
辺境伯での視察を終え、日常が戻ってきた。
そして、セドリック様の稽古も戻ってきていた。けれど、今日のセドリック様は、今までと違う手ごたえを感じさせる剣の振りだった。
――何かを試している。
そう感じたが、試しているものが分からないまま、セドリック様の剣を受けていた。
試すことがあるため基本の振りが乱れがちで、止めるべきか悩み始めたころ、いつも以上に集中を見せていた淡い緑の瞳は、剣を振りながら閉じられてしまった。
――危ない!
それは、相手がいるのに目を閉じたセドリック様への思いではなかった。自分の勘が危険を知らせていた。
半身引いて受け流した剣は、重く微かに炎を纏っていた。
全身が、それこそ総毛立った。
「すごい!すごいですよ!セドリック様!」
恐怖ではなく、歓喜だった。血が湧きたつような興奮だった。
「今の振りをもう一度やってみて下さい!」
僕はセドリック様の肩を掴んで、叫んでいた。興奮が抑えられなかった。
セドリック様も瞳を輝かせて、笑みが溢れていた。
「すごい!魔法が使えるとこんな攻撃が出来るのですね!すごい!」
彼の髪を興奮のままに撫で回しながら、僕は興奮が収まるまで、何度も「すごい!」と繰り返していた。
人生で今まで口にしてきた「すごい!」をはるかに上回っていただろう。
魔法と剣の技が一体となった攻撃だ。
これを使いこなせれば、セドリック様が負ける確率は格段に減るだろう。
初めての経験に鼓動がまだ大きかった。
事の始まりは、今回の視察だったそうだ。
セドリック様には今回の視察の目的を知らせないまま、ハリーは彼を視察に連れ出したらしい。
なぜだろう。視察に予断を持たせないためだろうか。
ハリーの意図は謎のままだが、生れたばかりの弟――ライアン様の顔を見るために帰省するシルヴィア嬢との再会を切望していたセドリック様には、ハリーが彼をだましたように感じたのだ。
理由は教えてもらえなかったが、もともと幼いころから、いつかハリーを叩きのめ――打ち勝つことを目標に掲げていたセドリック様は、今回、どうしても気持ちが収まらず勝負を挑みたかったそうだ。
魔法だけの攻撃ではハリーに勝つことは欠片も見込めない。
ならば、剣での攻撃、いっそ両者を合わせた攻撃ならハリーにも隙が出来るのではないかと試しているうちに、今日僕に見せた、剣の振りに魔力を乗せることが出来るようになったそうだ。
ハリー!素晴らしい!君のお陰でセドリック様が新境地にたどり着いたぞ!
今度、君のお気に入りの茶葉を用意しておく!
決してセドリック様には言えない、ハリーへの感謝の思いを胸の内で捧げながら、ふと思案に沈んだ。
この攻撃をより高めていくことは、魔法の使えない僕の指導では不可能だ。魔法に詳しい人間の協力が不可欠だ。
魔法で頼りになるのは、ハリーだが、いや、そもそも魔法使いの知り合いはハリーしかいないのだが、剣と一体となった指導がハリーにできるだろうか。
ハリーの剣技がどの程度か僕は全く知らない。
どうしたらいいだろう。
ハリーその人に指導を乞わなくても、僕は見たことも聞いたこともないけれど、魔法使いの中には魔法と剣の組み合わさった攻撃が出来る人がいるかもしれない。
ハリーに紹介を頼んでみる方が建設的かもしれない。
そのためには実際にセドリック様の技を見てもらうのが一番だ。
方針が定まった僕は、爽やかな気持ちのままにセドリック様に振り返った。
「明日にでもハリーに勝負を挑んでください」
セドリック様の目が大きく見開かれた。
僕は興奮のあまり、短慮が過ぎていた。
翌日、セドリック様は僕の助言通り、ハリーに勝負を挑んだらしい。結果は無残なものだった。
まだ生まれたばかりの技に対して、ハリーは手加減せず魔法で跳ね返したそうだ。セドリック様は衝撃で肋骨を折ってしまった。
――なるほど、確かに「やわな鍛えられ方はしていない」。
しかし、もう少し配慮が必要ではないかと思ってしまうが、魔法の鍛え方に関して僕は門外漢だ。異議を唱えるのは控えておこう。
もっともこの災難は、セドリック様に僥倖をもたらした。
肋骨を折るというセドリック様の危機をシルヴィア嬢が感知し、学園からセドリック様のところまで転移したのだ。
彼女にそこまでの距離を転移する力はまだなく、即座にハリーが転移し返したそうだが、シルヴィア嬢と一瞬再会を果たすことが出来たのだ。
彼女は去り際に治癒の魔力をセドリック様に投げかけたそうだ。
離れていても、あの二人には幼いころからの確かな絆が、それもとても強い絆があるのだ。
セドリック様が、頬を上気させて話してくれるのを聞きながら、僕も胸が温かいもので満たされていた。
その後、ハリーは僕の望み通り、セドリック様に新しい技を教えられる先達を紹介してくれた。
先達は身近なところにいた。
シルヴィア嬢の護衛を務める、シャーリーだった。
言われてみれば、彼女は、女性で初めて僕が見惚れたすばらしい筋肉の持ち主だった。その見事な筋肉のため、忘れていたが、彼女は魔法使いでもあった。
あの筋肉を付けるまで剣を鍛えているのなら、全幅の信頼を置いてセドリック様を託すことが出来る。
僕は近い将来のセドリック様の戦いぶりを想像して、再び興奮が蘇っていた。
お読み下さりありがとうございました。




