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護衛の依頼

お立ち寄り下さりありがとうございます。

それはレスリー殿の奥様、エリザベス様が、久々にお子様を懐妊して、そろそろ臨月となった頃のことだった。

公爵に部屋へ呼ばれた僕は、部屋に入った瞬間、心の準備が必要なのだと悟った。

公爵の顔から表情が全く消えていたのだ。


「客人として迎えた君に、セディの剣の師匠をお願いしているだけでも申し訳ないのだが、

頼みたいことができたのだ」

それでも、公爵の声はいつも通りの深い威厳のあるものだった。僕は頷きながら答えていた。


「どうぞおっしゃって下さい。できる限りのことを喜んでさせて頂きます」


公爵は僕の返事に一瞬苦しそうな表情を見せ、そして再び表情が抜け落ちた。


「君の剣の腕は確かだ。その剣を見込んでのことなのだが、――セディの護衛をして欲しいのだ」

「セドリック様は危ない状況なのですか?」

僕は驚いて声が大きくなった。

「いや、そうではない」


公爵は息を吐いて目を伏せた後、説明を始めた。

辺境領の魔法使いが嘆願を出した報告を、ハリーから受けたそうだ。視察を送る必要があると判断したものの、辺境伯の体面を考えると宰相自身が赴くのは角が立ち、ハリーとセドリック様を向かわせることにしたそうだ。


「私の予想では、相手がこれ以上の攻撃に出ることはないはずだ。あくまで念のために護衛についてほしい。最悪の場合はハリーが皆を守護する手配となっている」

――攻撃。穏やかではない言葉だ。

僕の感想は顔に出てしまったらしい。


「攻撃といっても、対岸の住民が砦に向かって投石をしているだけだ。しかし魔法使いはさらなる侵入を警戒している」

辺境、川、砦――、

脳裏にウィンデリアに初めて足を踏み入れた時を思い出した。転移で川を渡った先に確か砦があった。唾を飲み込んで尋ねた。

「辺境伯というと、どこに接しているのですか」

公爵は表情だけでなく、体まで固まり彫像のようだった。

「フィアス国だ」

目を伏せてしまった。目を閉じたまま、声を絞り出した。

「詳しく教えてください」

目を開くと、公爵は椅子から立ち上がりつつソファを指さしていた。

「このソファは座り心地が良い。こちらで話そう」


嘆願が出された理由は、辺境伯がこの事態に対処しないためだという。辺境伯は、自慢の嫡男を亡くしたことを契機に病で臥せっているそうだ。

フィアスの住民が投石してくるのは、伯に自分たちの窮状を救ってもらいたいためではないかと公爵は見ていた。

「単に作物を強奪することが目的なら、あまりにも攻撃のペースが遅いのだ」

セドリック様に状況を確かめさせ、フィアスの住民の意図を確認することが今回の目的らしい。


説明を聞きながら、胸に重石を乗せられ、その重石はどんどんと増えていく心地がしていた。

ウィンデリアに来るときに目にしたあの村は、それまでの村の窮状に胸が塞がる思いをした僕を、安心させるほどの安定した生活が窺えた。

あの村まで困窮してしいるなら、フィアス全体ではどれほどの惨状なのだろう。

フィアスの住民が困窮していることも辛い。

そして自国の救済ではなく、隣国に救いを求める状態であることも辛さに追い打ちをかけられた。

父上たちの国の立て直しは上手くいっていないのだ。

国王を替えたものの、国民の苦しさは同じ、――いやもしかしたら悪化している可能性すらあることを突き付けられた。


唐突にバタタスの葉の緑を思い出した。公爵に呼ばれるまで見ていた葉は、目に鮮やかな緑で順調な育ち具合を示していた。

自由な時間にすることがなくバタタスの面倒を見ていた。昨年、初めて収穫が出来、マイクに芋から作ったお酒を進呈した。二年目の今年もたくさんの収穫が見込めそうだったが、たとえ収穫できずとも日々の生活に困ることはない。

僕はここで安穏と生活していてよいのだろうか。



公爵の部屋を出て、重い身体を無理矢理動かし自分の部屋に入った。

ドアに持たれながらそのままずるずると床まで崩れ落ち、座り込んで頭を膝の間に埋めた。

ここにいていいのだろうか。

父の意向は尊重したいが、自分も父を助けるためにフィアスに行くべきではないのか。

しかし自分に何ができるのだろう。

止めどなく実のない考えが渦巻いていた。


「今日は私のお気に入りの茶葉を持ってきた」


渦を貫いて、声が染み込んだ。

膝に頭を埋めたまま、僕はこんなときでも少し口の端が上がるのを感じた。

お茶好きの優しい銀の魔法使いは、ついに茶葉持参で転移してくるようになったのか。

花の香りが漂ってくる。爽やかな香りだ。

そうか、彼はこのお茶が好みなんだ。

ゆるゆると頭を上げた。紫の混じった濃い青の瞳が僕を出迎え、カップを差し出された。

彼自慢のお茶はさすがに美味しかった。

美味しさを伝えると彼は横を向いて、僅かに頷いただけだった。

相変わらず誉め言葉は苦手らしい。

素直でない友人と素晴らしいお茶は、出口のない僕の思考を緩やかに止めてくれいた。



お読み下さりありがとうございました。花粉症で苦労しています。何とか投稿を続けたいです。

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