彼女の初めての出会い2
お立ち寄り下さりありがとうございます。引き続きシャーリー視点です。
我が家は自他ともに認める武闘派一家だ。
父は近衛隊の総隊長を務め、兄も同じく近衛に勤めているが、入隊に縁故の贔屓はなしと周りに認めさせる腕前だ。母は私を出産して命を落としてしまったが、ウィンデリア近衛初の女性騎士として勤めていた。
私は物心ついたころには、いつも朝食と夕食の前に二人の鍛錬を眺め、5歳を過ぎたころから隣で鍛錬をし、7歳を過ぎ学園に入るまでは兄に稽古をつけてもらっていた。
筋肉は鍛えるもので、そこに性別はなかった――我が家では。
学園に入った当初、女子生徒の、それだけでなく男子生徒の筋肉を見て驚愕したものだ。
こんな筋肉で生きていけるのだろうか、そんな心配を本気でしたものだ。
手足よりもまず魔力を使う生徒たちに、筋肉を鍛えるという発想はなく、当時の私は学園で一番の筋肉の持ち主だった。
学園以外でも、女性は筋肉を鍛えないものとされていることを嫌というほど味わった。成人が近づくにつれ、社交界に出始めたが、私の筋肉は世の男性に敬遠された。
私より鍛えた筋肉の持ち主など、それこそ近衛の兄の同僚ぐらいしか見当たらず、大抵の男性は私よりも華奢に見えた。
そんな男性に心を惹かれることはなかったが、男性たちの視線に不快な思いをすることは多々あった。
彼らは私の筋肉に目を瞠り、その後は僅かに顔を背けたり、微かな侮蔑をその瞳に浮かべたりするのだった。
この筋肉は自分の鍛錬の賜物だ。私の宝だ。
そんな視線を向けられる謂れは私にはなかった。だから私の誇りを汚す男性の視線はとにかく不快だった。
だが、何事にも慣れというものがある。
学園を卒業するころには、数多の不快な視線を浴び、不快な思いも少しの時間でやり過ごせるようになっていた。
そして、私に人生の全ての運を使い尽くしたのではないかと思えることが起きた。
就職先も嫁ぎ先も決まっていなかった私に、ハリー様が姪の護衛に誘って下さったのだ。
「護衛」、この筋肉を生かせる、誇りを持てる職業に私は即座に快諾した。
ハリー様が誘って下さったことには、今でも感謝し続けているほどの僥倖だった。
筋肉を生かすことができ、加えて護衛の対象があの愛らしいお嬢様であるなど私には天職だ。
もうこれ以上の幸運はないと思っていた。
舞い上がる気持ちを抑えながらお嬢様の護衛を始めて、一月ほどたったころだったと思う。
お嬢様の後ろに付き従って、初めて公爵家を訪れた時、セドリック殿の背後に立つ男性の視線を感じた。
相手に気づかれないよう、不快な視線をあまり見ないよう、私は目を伏せながら男性を見た。
そして瞬時に目を見開いた。
しっかり見なくては勿体ない。
今まで出会った身体の中で最高の筋肉の持ち主だった。
その体は、単に筋肉をつけたものではなかった。
重い剣を持つための、重い剣を受け止めるための筋肉を、俊敏性を損なわないためにぎりぎりの量に抑えてある。
恐らく剣の鍛錬で自然と出来上がってきた筋肉だ。
この筋肉で振り出される剣の動きを想像して、強い羨望が駆け抜けた。
その瞬間、彼が誰であるか脳裏にひらめいた。
兄と父に手合わせを渇望させた剣の使い手――、チャーリー・デイヴィス。
あの日の憧れが、あの日よりも強く熱く蘇った。
彼の剣を見てみたい、そして、いつか手合わせを――、
彼は私の視線に少し苦笑していた。
私は慌てて表情を整えた。彼に悪い印象は持たれたくない。
「チャーリー・デイヴィスです。セドリック様に剣を教えています。よろしくお願いいたします」
彼は爽やかな穏やかな声の持ち主だった。そして、その声に似合った笑顔の持ち主だった。
出来る限り落ち着いた表情で、挨拶をした。
「シャーリー・ルーシー・クラークです。シルヴィア様の侍女をしています。よろしくお願いいたします」
彼が一瞬更に笑顔を深め、会釈をした後、私から視線を外そうとしたのを感じて、咄嗟に握手を求めた。
まだ私を見ていて欲しかったのだ。
期待通り、彼は再び私を見てくれた。そして私を見て少し目を見開いた。
何だろう。
嫌なものは彼の澄んだ瞳には浮かばなかった。ずっと見ていたいような澄んだ眼差しだった。彼に魔力はないが、不思議なことに彼からは澄んだ空気を感じる。
こんな澄んだ眼差しと空気の持ち主が、剣を振るうときはどうなるのだろう。
彼の瞳に意識が囚われている間に、彼が手を握り返した。
私の手より、大きく、厚い、温かな手を感じて、ふと我に返った。
剣だこを知られてしまう。
刹那、自分から握手を求めたことを激しく後悔した。
今まで浴びせられた侮蔑の眼差しが鮮烈に蘇った。
何て愚かなことをしたのだろう。
彼の澄んだ瞳に侮蔑が浮かぶのを見たくなかった。侮蔑を浮かべて私を見てほしくなかった。
彼から目を逸らそうとしたとき、私の全てが、恐らく心臓すら、動きを止めた。
彼はふわりと楽しそうな笑顔を浮かべたのだ。
まるで、子どもが戸棚からおやつを探し当てたような、嬉しそうな明るい笑顔だった。
握手が終わり、彼の視線は私から離れ、私の心臓も戻ったけれど、彼の笑顔はずっと私にまとわりついていた。
それが、彼との初めての出会いだった。
そう、だから――、私がこの日を忘れることなど、あり得なかったのだ。
お読み下さりありがとうございました。次回からはチャーリー視点に戻ります。




