初めての出会い
お立ち寄り下さりありがとうございます。
やっぱり可愛いなぁ
セドリック様を見て、そう思ってしまった。
今日は、屋敷にシルヴィア嬢が遊びに来るのだ。
殿下の学友となってから、シルヴィア嬢と会える回数が減ってしまい、その分、会える日はセドリック様の嬉しそうな様子がはっきり分かり、可愛らしかった。
朝から淡い緑の瞳は輝いている。物静かで落ち着いた雰囲気のセドリック様が、ちらちらと時計を見遣る姿に、屋敷の皆の目元が緩んでいた。
そして、ようやく母上のエリザベス様と共にシルヴィア嬢が訪れた。
セドリック様は駆け出して、シルヴィア嬢を出迎えている。一対の天使たちが零れる笑顔を見せて並んでいる様は、見ているこちらも胸が温かいもので満たされる。
緩み切った目元と頬を何とか引き締めようとしたとき、ふと違和感に気づいた。
シルヴィア嬢の背後に、自分と同じく目元が緩み切った見知らぬ女性が立っていた。
しかし感じた違和感は見知らぬ女性がいることから来るものではなかった。
彼女は侍女のお仕着せを着ていたが、その様子にどうしても違和感がぬぐえない。
女性の筋肉はあまり観察したことがないが、――厳密に言えば、観察したくなる鍛えた体つきの女性に出会ったことがなかった――、実に鍛えた体つきだと感じ取れた。
お仕着せはスカートのため下半身の筋肉は分からないが、上半身、特に二の腕は普通の女性より一回りは太く引き締まっていた。ウエストもくびれているというよりは引き締まった細さを感じた。
この体で侍女…?
瞬間、ハリーの言葉を思い出した。シルヴィア嬢の護衛だ。
ハリーが見つけた護衛だから、魔法使いと思い込んでいた。いや、ハリーは確か「学園で」見つけたと言っていた。魔法使いの学園で見つけたのだろうから、彼女は魔法使いでもあるのだろう。すごいことだ。
そして、更に付け加えるなら、思い込んでいたことはもう一つあった。
「護衛」という言葉で、男性と思い込んでいたのだ。
フィアスでは女性の騎士や兵士はいなかった。このウィンデリアではどうやら女性も騎士や兵士や護衛になるようだ。
初めて出会う女性の護衛に、目を奪われていた。
受け身を取るためにつけたと思われる筋肉がしっかりと首にも付いている。体術も習得しているだろう。
ハリーの筋肉を見る限り、魔法使いは体は鍛えないものと思っていたが、目の前の魔法使いは相当な鍛え方をしていた。
今度、ハリーに会ったら確認しよう。シルヴィア嬢も将来ここまで鍛えることになるのだろうか?
目の前の彼女にあれこれ考えを巡らしていると、彼女も同じように僕に視線を走らせ、観察していることに気が付いた。
しかもあの視線の走らせ方は、同じように筋肉を見ているようだった。
思わず苦笑が顔に浮かびそうになり、慌てて顔に力を入れた。
彼女が僕の顔を見遣り、慌てて俯き、次の瞬間には平静な顔つきに戻していた。
「チャーリー・デイヴィスです。セドリック様に剣を教えています。よろしくお願いいたします」
デイヴィスは公爵の「遠縁」の名だ。
「シャーリー・ルーシー・クラークです。シルヴィア様の侍女をしています。よろしくお願いいたします」
彼女の声は、女性にしてはやや低めだった。けれど、凛とした口調が耳に心地よかった。
彼女の雰囲気によく似合っている声だ。
挨拶の後、彼女は握手を求めてきた。
珍しい。
ウィンデリアでは、男女での握手はなされないようだが、女性で護衛をする人だ。慣習にとらわれないのかもしれない。
このとき初めて彼女の瞳をしっかりと見た。
そして少し息を呑んだ。
空の青よりも濃く、海の青より澄んだこの青色は、母から渡された指輪の宝石を思い出させた。
こんな色をした瞳があるのか
僕はやや呆然としながら彼女の手を握り返した。
彼女の手にははっきりと感じ取れる剣だこがあった。
やはり彼女は護衛なのだ。確信をした。
自分のことを侍女といい護衛と明らかにしないのは、敵を油断させるためだろうか。
体つきを見ればすぐに露見してしまうと思われるが、女性ということで少し時間は稼げるのかもしれない。
その後は彼女と特に言葉を交わすこともなく、お互い、仕事、つまり天使たちを眺めていた。
セドリック様はシルヴィア嬢の隣にいる時が、一番、表情が豊かで可愛らしい。
普段はめったに聞くことが出来ない笑い声も、年相応に聞くことが出来る。
何より、シルヴィア嬢への好意を隠すことなく、顔にも態度にも表している様子が、一段と可愛らしさを増している。
頭を撫でたいぐらいだ。
大人になったとき、この天使たちが今のようにお互い好意を抱きあっているかは分からない。
だが、どうか、周りまで幸せにしてくれるこの仲睦まじい時間を、できる限り積み重ねてほしいものだ。
きっと思い返すたびに温かな気持ちを運んでくれるだろう。
僕がベインズの皆を思い出して、温かいものに包まれるように。
この日、結局、一番心に残ったことは、セドリック様の年相応の嬉しそうな笑顔だった。
だから、後に僕はこの日のことを思い出して、不思議な思いにとらわれる。
人生の重大な出会いは、いつもはっきりと分かるものではないのだろう。
けれど、この日のことをはっきりと思い出せるということは、やはりこの出会いがどこかで大事なものと思っていたのだろうか…。
お読み下さりありがとうございました。ようやくシャーリーさんが登場しました。本格的な登場はまだ先なのですが、ここまでお付き合いいただいたことに感謝申し上げます。




