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59.甘言蜜語

登場人物:セイ、ヒスイ

時系列:東国に来てすぐの頃

 読書に励む女を見て、男は頬を緩めた。かつて西国の王を務めていた女は語学に秀でているが、それでも東国語はなかなかに難しい。聞く話すは容易にできても、文字の違いから西国人の多くが読み書きに躓いてしまう。多少素地があったとはいえ慢心せず、熱心に学ぼうとするひたむきな姿は女の好ましい部分のひとつであった。


 そんな女が手に取っているのは、何と子ども向けの絵本である。内容自体は西国の童話だが、翻訳されたものが最近では東国内で流通しているらしい。中身を事前に知っているものであればとっつきやすかろうと思って用意したものであったが、男の思惑通り女は懐かしそうに目を細めながら、絵本の(ページ)をめくっていた。凛とした女が、子ども向けの絵本を読みふけっている様はどこか倒錯的な魅力さえ漂っている。


 そっと女の肩越しに覗いてみる。物語の主人公は幼い兄妹。両親によって暗い森の中に捨てられたふたりは、一度は家に戻ることが叶う。けれど二度目に捨てられたときには森で迷い、そこで見つけたお菓子の家で悪い魔女に捕まるのだ。口減らしは国の東西を問わず、起きるものなのだなと男は妙な感想を持つ。


 さて続きはと見ていれば、魔女は妹をこきつかい、兄はまるまる太らせた後に食べてやろうと画策している。話の筋は知っているだろうに、どことなく心配そうな女の横顔を見て男は少しばかり口角を上げた。そして檻の中に入れた少年に向かって、嗜虐的な言葉を投げかけて楽しむ魔女の心中を(おもんばか)り、男は内心嘆息する。


 自分も同じ穴の(むじな)だな。男は肩をすくめながら女のうなじを撫でた。肉付きが良くなったら骨の髄まで美味しく頂くつもりなのは、魔女もこの男も同じこと。その魂胆を見せているかいないかの違いだけ。そのままほっそりとした指先に口づければ、ほんのりと女の目元が桃色に染まる。


「きちんと、残さず食べて」


 いや、どうやら違うようだ。魔女と男の違いは、対象が自ら食べられたがっているかどうか。いたいけな様子の女の方が、本当は男を翻弄する魔女なのかもしれない。ひとまずは甘い言葉で誘う女の舌を絡めとると、男は猛る心を隠して柔らかに微笑んだ。

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