57.北窓三友
登場人物:香梅、雨仔
時間軸:本編完結後
渡したいものがある。そう言ってはにかんだ夫が香梅に渡してきたのは、それは見事な彩色玻璃であった。
乙女が描かれた硝子は、確かに美しい。これほどの大きさでありながら、繊細でかつ緻密。けれど大胆な彩飾で見る者を圧倒させる。思わず感嘆の声をあげかけて、はたと女は気がついた。目の前の男は、これを「贈り物」だとは言わなかったか。良く見れば描かれた女の横顔には見覚えがある。これはもしや己の顔ではあるまいな。そう思い当たって香梅は羞恥に頬を染める。夫にはこんな顔をしているように見えるというのか。見れば見るほど、鏡に映る自分とはかけ離れた幸福そうな表情にいたたまれなくなる。
そもそも自身の顔を美術品にして居室に飾るなど、普通ではありえない。かつて妓楼で名を馳せた頃ですら、そんな馬鹿なことはしなかった。全く王族でもあるまいし。そこまで考えて、そう言えば己の夫はこう見えて東国の王族であることを女は思い出した。こういう頭のねじが緩んだ男が国を治めると、国が傾くのだろうと女は嘆息する。歴史上、多くの女たちが「傾国」と毒婦扱いされているが、多くの場合その実情は異なるのではないかとさえ思う。さてどうするのが最適か。
自身の顔を見ながら食事をするほど自惚れてはいないので、居間に置くのは無理だ。かといって寝室に置かれるのも迷惑である。そもそも東国式の屋敷に、西国式の窓は似合わない。交渉の主張は明確に、かつ端的に。女はきっぱりとこの家に彩色玻璃を飾ることを拒絶した。
とびきりの一品を抱えた男は女に追いたてられるままに、しょんぼりと肩を落としながら再び城へ戻る準備をする。ゆめゆめ王城に飾ることなかれと口酸っぱく言い含められながら。
かつて西国と呼ばれた場所にある古城には、いまだ多くの人を魅了して止まない美しい天窓がある。鮮やかな色彩で描かれているのは、美しい乙女の横顔。それは祈りの間と呼ばれる小部屋にひっそりとおさめられている。小部屋はまるで周囲から隠されるように造られていたためにこの名を与えられたが、実際の用途は不明である。東国の意匠を取り入れたこの作品は、製作者である芸術家の生涯の中でも指折りの傑作だと評価されているが、描かれた女性の身元はいまだ判然としない。
この地の住民と一部の美術史学者の間では、愛妻家で有名な西国のとある宰相の妻ではないかと言われているが、当該の女性の絵姿は現存していないため真偽は不明である。もとより、歴代の国王ならばともかく、宰相が城に小部屋を作る理由もないだろうと多くの歴史学者には疑問視されている。とはいえ詳細不明の女性の身元にさえ、甘やかな浪漫を感じさせてしまうのは、この窓の美しさゆえなのだろう。今日も城を訪れる観光客たちは、小部屋に広がる幻想的な光景にため息を漏らしている。
LED様より頂いたイラストに合わせたSSです。
イラストはこちらから。
https://20791.mitemin.net/i342658/




