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56.月下氷人

登場人物:ヒスイ、セイ

時間軸:西国脱出。東国に到着し、結婚した後のこと。

 物音ひとつしない静かな夜。寝台の上で目を覚ました女は、密やかに息を吐いた。かすかな身じろぎでさえ、隣に眠る男はすぐに目を覚ましてしまうだろう。そういう男なのだと、女はよく知っている。


 男の肩の向こう側。窓の奥には、冴え冴えと輝く満ちた月。気がつけば自分は、いつもこうやって月を見上げていたような気がする。


 西国で「幻月王(げんげつおう)」というご大層な名を頂いていた時も。

 叶わぬ恋に身を焦がし、子どものように願を掛けていたあの時も。

 冷たい塔の中で、男を想いひとり膝を抱えていたあの時も。

 自分はずっと月を見ていた。


 霧に霞んだ幻月を。

 折れそうなほどに細い三日月を。

 男の両の(まなこ)に宿る金の月を。

 自分はずっと見てきたのだ。


 そっと目を瞑り、両手を自身の腹に当ててみる。まだ子を宿すこともできぬ小さな(はら)を思いながら。


 東国の王たる男が、自分以外の女を娶らぬつもりなのだと知ったのはここ数日のこと。王族としての血統を残すことの意味を知らぬはずのない男の言葉の重みに女は小さく震えた。その癖夫君ときたら、未成熟な女の身体を慮ってか、共寝をしたところでただその隣で安らかに眠るばかりなのだ。


 早く。早く。この世に生を受けてから、自分はもう長いこと待ったはずだ。あとどれくらい待てば良いのか。肩で切りそろえていた髪は、まだ結い上げるほどには長くない。それができる頃になれば、何かが変わるのだろうか。


 妻である証が欲しいのは、男のためだけではなくて。(かつ)えているのは己だけなのか。きつくまぶたを閉じたせいだろうか、じわりと涙が溢れる。子を宿すに相応しい女の証が早く欲しいと、女は今日も月に乞い願う。そんな女の背を、男がじっと見ていることにも気がつかずに。

天界音楽様より頂いたイラストに合わせたSSです。

イラストはこちらから。

https://20791.mitemin.net/i341576/

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