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54.紅葉良媒

登場人物:長兄

 山が燃えている。


 しばらくぶりに訪れた離宮からは、見事な紅葉を望むことができた。東国一とも言われるこの景色を楽しむために、先祖がここに離宮を建てたのだという話も、あながち嘘ではないのだろう。闇夜を切り裂く炎のように、力強く大地を染める楓の嵐。晩年をこの地で過ごした母もまた、この景色を何よりも楽しみにしていた。


 実のところ、男は赤い色を好まない。自分を飲み込まんばかりの色の洪水を前に、正直なところ辟易としている。敵軍を前にしては嬉々として火を放ち、剣を振るってはその身を深紅に染め上げるこの男が、その色を厭うているなど誰も信じはしないだろうが。


 赤は決して己の色ではない。父の色だと男は思う。次から次へ、取っ替え引っ替え女を抱き、その癖抱いた女のことなどかけらも顧みないような男。後宮内で人死にが出ようが、薄ら笑っていた前王。あの男には、赤がよく似合う。血の滾るような、どこまでも濃い赤色が。


 木々が風にそよぐ。まるで男を歓迎するかのように、枝を揺らし、色づいた木の葉を巻き上げる。それはどこか哀れな女にも似ていた。年老いた母の姿を脳裏から追い払うと、男は小さく息を漏らす。父から受け継いだすべてが誇らしく輝かしく、その一方でその全てが厭わしかった。


 ああ、陛下。


 夢うつつを彷徨(さまよ)うようになった母は、男の(おとな)いのたびにそれは嬉しそうに微笑んだ。息子のことなどすっかり記憶から消えてしまったらしい。他の女に混じって寵を競うこともなく、ただ公平に、公正に、後宮に身を置く女たちを淡々とまとめあげていた母が。よもやあの獣のような父のことを慕っていたというのか。


 人の心とは思いもよらぬ。母は一体どんな心持ちであの後宮で暮らしていたのか。あの穏やかな(かんばせ)の下に、相手を焼き尽くすような嫉妬や恋情が隠れていたのだとしたら。元来ややこしいことが苦手な男は、そこで考えるのをやめた。


 滲んだ夕焼けは、朱く辺りを染める。父譲りの鬱陶しいほどに目立つ髪色も、この時ばかりは周りに馴染み溶け込んでゆく。夕日が酷く眩しいせいだろう、男からはもはや何も見えない。

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