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53.柳絮之才

登場人物:セイ、ヒスイ

 ふわり、ふわり。

 青い空から雪が降る。


 凍えるような冬はとうの昔に終わったというのに、辺りは真っ白に覆い尽くされていた。女がそっと手を伸ばせば、笑いさざめくように柔らかな塊は風に乗り逃げていく。歩みを進めると同時に、また一面の白が舞い上がる。川沿いの柳が白い綿毛を一斉に飛ばしているのだ。


 この地の言葉では柳絮(りゅうじょ)と言うのだと、隣に立つ男が教えてくれた。故郷から遠く離れた東の地。言葉も考え方も、食べ物も着る服も、往来する人々の肌の色さえも違う。けれどあの国と同じ風景もあるのだと、ここに来て女は知った。


 女の住んでいた国では、初夏の風物詩だった。この国ではもともと春の風物詩なのだという。それならば何故に今頃目にすることができるのか。口に出さずとも女の疑問を感じ取ったのだろう、柳たちも貴女の訪れを待っていたにちがいありませぬと男が飄々と笑った。


 西国から逃れて東国へ。新しい考え方を知り、新しい言葉を知った。新しい人に出会い、新しい物を知った。毎日が新鮮で、ただひたすらに前を向いて過ごしてきたものの、自分でも気がつかぬうちに疲れていたのだろうか。懐かしい風景を見ていれば、なぜか目頭が熱くなる。


 月日は流れ移りゆく。一処(ひとところ)に留めることなどできはしない。けれど、変わらないものだって確かにあるのだ。黙って女に寄り添う男の手をそっと取り、その掌のあたたかさを噛みしめてみる。大丈夫、この温もりを覚えてさえいればこの先もきっと生きていける。


「西国の王であったお方をようやっと(たぶら)かしたのです。手放すような愚かな真似など致しませぬよ」


 心変わりなどあり得ぬのだと、笑って男は女を抱きしめる。言葉にせずともその意をくまれることの何と心地良いことか。ああ、自分は駄目になってしまう。もはやひとりきりではいられない。この男はやはり自分を甘やかしすぎる。けれどその変わらぬ優しさに今だけは甘えていようと、女はそっと目を閉じた。

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