49.梅林止渇
登場人物:香梅、雨仔
王城の庭園に植えた梅が満開になった。
仕事の息抜きにと訪れた庭園であるが、見頃を迎えた梅の美しさに思わず雨仔はため息を漏らした。膨らみかけの蕾も風情があったが、やはり花開いた梅は見事である。紅梅に白梅の鮮やかさに加えて、どこまでも甘く漂う梅の香りを、西国の宰相殿はただひとり心ゆくまで楽しむ。
弟の妻が西国を治めていた時は、柑橘系の樹木ばかりが植えられていたらしい。檸檬や蜜柑の花も嫌いではないが、やはり男が一番美しいと思うのは、愛しい妻の名を持つ梅の花だ。どこまでも漂う梅の香りとその艶やかさは、片時も離れがたい妻の美しさをよく表しているとさえ思う。
紅梅を見れば、香梅の赤く熟れた唇を思い出す。思わず紅梅の花びらに口付ければ、妻の唇の柔らかさとは異なる感触にもどかしさが募った。ならば鮮やかに彩られた爪の先か。しかしあの爪紅をまとった指先は、花びらのように丸っこくはなくもっと鋭いのだ。そう、例えば男の背中にきっちり赤い線をひけるように。
白梅を見れば、香梅のたわわな白い果実を思い出す。たおやかで細い腰とは裏腹に、妻の身体はどこもかしこも柔らかで甘い香りがする。そっと白梅を撫でてみても、愛しい妻の抱き心地とは似ても似つかない。その癖しっとりとした花びらの感触が、妙に指先に残って離れないのだから始末に負えない。
「雨仔」
甘い甘い声で自分をからかうように呼ぶ妻の声がする。ああ、もしかしたら香梅は梅の精なのかもしれない。奥方自身に伝えたならば、いっそ憐れみの視線さえ受けそうなことを男は本気で考える。
仕事の息抜きに来たはずだが、このような状態ではまともに頭も働かない。男はそっと天を仰ぐ。春の日差しが柔らかに男を照らす。昼寝でもして気分を紛らわせるか。あるいは……。しばしの逡巡の後、男は颯爽と庭園を後にする。
梅林渇を止むとは言うが、別のものを使ってこの喉の渇きを我慢することはできそうにない。ぺろりと唇を舐めると、男は黙って帰り支度を始める。
天界音楽様に頂いたFAをもとに書いた小話です。
FAは、こちらよりご覧いただけます。 https://book1.adouzi.eu.org/n8857dx/21/
天界音楽様、本当に素敵なイラストをありがとうございます。




