46.万聖節
登場人物:香梅、雨仔
西国の年若き宰相殿が家に帰ると、そこには美しい淫魔がいた。
「トリックオアトリート」
普段ならお帰りなさいと笑いかけてくる奥方は、なぜか西国流の衣装を身につけている。黒と赤が基調となったなかなかに扇情的なものだ。細い腰を締め付けて、豊かな胸はいつも以上に強調されている。どの角度が一番自分を美しく見せるのか、女はよく理解しているらしい。小首を傾げる姿ですら、これ以上ないほど艶やかだ。
思わずそのまろやかな白い谷間に無言で釘付けになって、男は小さく呻いた。普段は東国の衣装を身にまとっているというのに、これは一体どうしたことか。そんな男の様子を面白がるように、女はくすくすと笑う。
しかもである。妓女時代ですら胸元は見せていても脚はきっちりと隠していたはずだ。見せつけるように誇示される上半身と違って、下半身は秘匿されるゆえに、とても淫靡なものとして理解されている。その美しい二本の脚が、腰近くまであろうかという切れ込みによって、ものの見事に見せびらかされているのである。ああ、目の前で脚を優雅に組み替えられて、己はどうすれば良いのだ。
よくよく見れば屋敷の中は、いつもとは違って薄暗い。不気味に笑うかぼちゃやら巨大な蜘蛛のぬいぐるみ、白い骸骨などで飾り付けられているのだが、奥方の姿に見惚れた男は周囲の様子には気がつかないらしい。そもそも今宵が万聖節であるという理解があるかどうかも怪しい。
「不給糖,就攪乱」
男の反応の薄さを見て、意味が伝わっていないと奥方は考えたらしい。わざわざ東国語で言い直されて、男ははっと我にかえった。ついっと男の顎を持ち上げていた女の細い腕を、ぐいっと己の胸元に手繰り寄せる。そのまま奥方を手近な長椅子に押し倒した。色白のすらりとした脚が、薄暗い部屋の中でも鮮やかにその存在を主張している。
「悪戯してください」
「は?」
男の台詞に、女は間の抜けた声を出した。格好が素晴らしく決まっているだけに、その気の抜けた顔はあまりにもちぐはぐだ。その唖然とした声や呆れ果てた表情ですら、すべてが愛おしい。こんな顔を見ていると、最初に出会った時のことを思い出すから、男はいつまでも女に甘えたくなるのだ。
「ですから、悪戯してください」
いつもなら、「雨仔、言葉遣い」と間髪入れずに注意するはずの奥方は、みるみるうちに頬をほんのりと赤く染め始めた。妓女だったことを思えば、こんな言葉遊びなど女にとっては気にもならないはずなのに、男の前の奥方は、まるで少女のように初々しい。
「悪戯して下さらないのなら、こちらから致しますね」
「えっ、ちょっと、雨仔?! そんなことして良いわけないでしょ!」
「トリックオアトリート、なのでしょう?」
王城の中では無表情、かつ無言で仕事をこなす鬼の宰相殿は、とろけるような笑顔で奥方の耳を食む。口は災いのもと。それを嫌という程知っているはずの奥方は、今回もまた墓穴を掘るのだ。美しい淫魔は、お菓子の代わりに余すところなく食べられる。
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