43.孤軍奮闘
登場人物:セイ、ヒスイ
美しい少女は、一人難しい顔をして頰を膨らませていた。
あっという間に子どもというのは大きくなるもの。長子として生まれた双子は、今年成人を迎えた。王子の方は伯父である宰相の助けを借りつつも、かつて西国と呼ばれた国をしっかりと治めている。東国に残った可愛い娘もいつかは嫁ぐのか。そんな感傷に一人浸ってみたところで、目の前の娘は何やら必死な形相で食事をしている。おやおや、色気より食い気だろうか。いや、まだこれで良い。手元から離れるのはまだ先で良いのだと東国の王はほっと安心する。
そんな過保護な王とは対照的に、母である女は娘に小言を言う。年頃の娘とは思えぬ食べっぷりに、一種異様なものを感じ取っているらしい。確かに言われてみれば、娘は妙な取り合わせで食事をしているのである。
「今まで少食だったというのに、どうしたことか。急に食べる量を増やしては腹を壊すぞ」
母の発言も気にも止めず、少女は黙々と脂質の高い物ばかりを口に詰め込んでいる。さらに茶の代わりに椰子の実から取り出した果汁を一気飲みしていた。本当に一体どうしたというのか。もともと肉類が苦手な娘は、朝餉には果物をほんの少しばかり口にする程度ではなかったか。おかしなこともあるものだと、女は首を傾げる。
「食べるのならば、もう少し栄養が偏らぬようにせねば」
主食である米や野菜を放ったらかし、ひたすらに乳製品と唐揚げと牛油果を食べる娘を女が嗜めれば、なぜかきっと娘にきつく睨まれてしまう。
「ううっ、元はと言えばお母さまが貧乳だから! わたしの胸が育つかどうかがかかっているのだから放っておいてください」
栗鼠のように頬を膨らませながら、娘は突然とんでもないことを言い始めた。愛娘の口から、貧乳などという予想外の言葉が出てきたことに動揺し、男は一人噎せかえる。
「其方はそう言うがな。胸は子どもを産めば、多少は大きくなるぞ」
慰めになるのかならないのか、良くわからないことを言い出す女も少しばかり動揺しているのかもしれない。訳知り顔で頷く夫君が気に食わず、澄ました顔でしたたかにその足を踏みつけてやった。卓子の下の攻防戦は、娘には気づかれることはない。
「お母さま、それじゃあ遅いんです! 子どもを生む前に、いえ、子作りを致すために大きな胸が必要なのです! うう、胸の大きさに貴賎はないって仰ってたけど、やっぱり貧乳じゃあ駄目なのかしら……」
「?!」
さらに続く愛娘の爆弾発言に、王の喉からおかしな声が聞こえた。いやもはや声というのもおこがましい。絞め殺された鶏の断末魔にも似ているような気さえする。
「お父さま、ちょっと汚いです。やっぱりあれかしら、西国にいらっしゃる香梅お姉様にいろいろお伺いした方がいいのかしら。寝台に潜り込んで隣で寝ていても押し倒されないなんて、きっとわたしに魅力がないってことなのよね」
母親譲りのすらりとした体型と言えば聞こえは良いが、要は胸や尻に膨らみのない体つきなのである。体の線が見えないはずの東国の衣装だが、昨今の流行りは西国風に胸元があらわになったものだ。まったく残念極まりない。小さくため息をつきながら胸元に手をやれば、それを見た母も頭を抱えている。
「……はあ」
昔のことを思い出したのであろうか、母であるはずの女もまた何とも言えない顔でため息をついていた。
「爸爸は許さんぞ。爸爸より年上の男のもとに嫁ぐなど、絶対にありえん。今すぐ叩き斬ってくれる!」
どこから取り出したのか、東国の王は朝餉の席で剣を振り回している。鬱陶しいことこの上ない。仕方なく女は手元にあった巴楽を投げつけた。上手い具合に顔面に当たったのであろう、男の動きが弱まる。どうやら鼻血が出ているらしい。
「お父様、気持ち悪い」
愛娘に一言で切り捨てられて、男は今度は血の涙を流しながら床に倒れふしている。いっそ食事が終わるまでそのままでいればいいのだと、女は一人食事の続きを始めた。まったく過保護なのもいい加減にしろというに。
そもそも結婚というのは、王族においては政治的な思惑に大きく影響されるもの。夫君やその兄弟が、自分たちで結婚相手を見つけていること自体が奇跡のようなものだ。きっと男たちはその事実に気がついてもいないのだろう。娘はと言えば、椰子の実を胸に当てて難しい顔をしている。女は娘を見てそっと苦笑した。娘の小さな頃からの夢が叶うのか、それはまだ誰にもわからない。
当話は、あっきコタロウ様 作「そしてふたりでワルツを」https://book1.adouzi.eu.org/n9614dm/から、一部キャラクターをお借りしています。
※お借りしたキャラクターについては二次創作ですので、ワルツ本編のキャラクターとはイメージや行動に差異があります。




