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42.猜疑嫉妬

登場人物:セイ、ヒスイ

 愛娘の無邪気な言葉に、男は目の前の客人を殺すことを決意した。


 薄紫色の髪をした客人は、呼んでもいないのにしばしば東国を訪れる。もちろん、呼んでいないと主張しているのはこの東国の王である男だけであった。悲しいことに、男の奥方も愛息も愛娘も、さらに言うなれば男の兄夫婦たちも、みなこの亡国の王子の訪れを心待ちにしている。王といえど、愛しい奥方をはじめとする家族には逆らえぬらしい。結局、今回もこの吟遊詩人もどきを東国で迎える羽目になった。


 特に客人を歓迎しているのは、男が眼の中に入れても痛くないほどに可愛がっている愛娘である。愛しい奥方によく似た黒髪に、煌めく翡翠色の瞳。この国一番の美姫びきであると男は自慢する少女は、男の秘蔵っ子なのだ。あの忌々しい客人が来るとわかってからは、毎日「叔叔おじさま叔叔おじさま」と心待ちにするほどの心酔ぶりで、男は内心気が気ではない。


 客人が到着するやいなや、下にも置かない歓待ぶり。一体この男の何処が娘の琴線にふれたというのか。東国の王は、ぎらぎらと燃える瞳で客人の背中を睨みつける。視線で人が殺せるとはあのことだと、男の兄などはうそぶく始末。殺気が抑えられていないのだろう、一緒にいる奥方にはやれやれと言わんばかりに肩をすくめられた。


叔叔おじさま、お歌を歌ってくださる?」


叔叔おじさま、一緒にお散歩に行ってくださる?」


 きらきらと夢見る瞳で、愛娘が小首を傾げれば、客人もまたいややということはない。男の定位置であったはずの愛娘の隣は、今やすっかり美しい吟遊詩人のものである。あの野郎、鼻の下伸ばしやがってと男は内心毒づく。とはいえ、あの亡国の王子が娘の誘いを断って泣かしたならば、それはそれで許せるはずもない。相反する感情を押し殺し、そっと笑顔で男は娘に話しかける。


「どれ、爸爸パパが一緒に」


「いやっ。叔叔おじさまがいいの」


 父である男の話をみなまで聞くことはなくあっさりとかわし、愛娘は軽やかに走り抜けていく。


「何故だ?!」


 ことごとくすべての提案を却下される男。その姿に、西国を手中に収めた覇者たる龍の威厳はない。そんな父親に構うことはなく、とどめと言わんばかりににっこりと愛娘は客人に問いかけた。


叔叔おじさま、大きくなったらお嫁さんにしてくださる?」


「十年後も同じようにおっしゃってくださるのでしたら、是非に」


 蕩けるような笑みを浮かべて答える吟遊詩人の姿に満足したのか、少女は約束よとばかりに頰にちゅっと口付けた。そのまま嬉しそうに、男の胡座あぐらの間におさまって、本の続きをせがんでいる。あまりの光景に天地がひっくり返るような心持ちで、男は絶望した。


「殺す。絶対に殺す」


 愛用の剣に手をかけた男が、呪詛のように何事かを呟いている。そんな男を見て、奥方は仕方がなさそうに足を引っ掛けて転ばせた。どうやらこの男、完全に頭に血が上っているらしい。無様に転んだ男が、何時いつぞやのように血の涙を流している。まったく東国の王とやらが情けない。客人が来るたびに血の涙を流すのが恒例になっているのではあるまいか。


「まったく、そなたはたいした偉物えらぶつよの。四歳よっつの子どもの戯言に誑かされおって

。それでもお主、東国の王であるか」


 呆れ果てた奥方の言葉は、娘を溺愛する男の耳を通り抜けていくばかりである。

当話は、あっきコタロウ様 作「そしてふたりでワルツを」https://book1.adouzi.eu.org/n9614dm/から、一部キャラクターをお借りしています。

※お借りしたキャラクターについては二次創作ですので、ワルツ本編のキャラクターとはイメージや行動に差異があります。

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