41.合縁奇縁
登場人物:セイ、ヒスイ
東国の王妃が双子を産んだ。何ともめでたいことに、男児と女児それぞれに恵まれた。東国で言うところの龍鳳胎である。国中、とんでもない浮かれよう。父である東国の王と、伯父である長兄の溺愛ぶりには目も当てられない。
この国では産後一月の間を、座月子と言って特別扱いする。月子の期間にきちんとしきたりに従って体を休めなければ、寿命が縮むのだと皆が信じているのだ。それは文化の異なる西国出身の女にとって、いささか奇妙なものであった。
一月の間、産後の女は水に触れてはならないのだという。汗を掻いても風呂にも入れず、洗髪や洗顔もできぬ。はばかりに行く以外は、ひたすら寝台の上で休むように口酸っぱく言われ続ける。さらには腹も空かぬというのに、何とも言えぬ味の滋養強壮に良い湯をたっぷりと用意されるのだ。繰り返される毎日に、女は少しばかり辟易していた。
来客の旨が聞かされたのは、そんな鬱屈した折のことである。ひたすらに渋い顔をする夫君のことは無視して、女は久方ぶりに会う懐かしい友の姿に目を細めた。本当はもう少し小ざっぱりとした格好をしたかったが、仕方あるまい。何せ相手は諸国を放浪する身。今を逃せば、次にいつ会えるかは誰にもわからぬのだ。
「お祝いを届けに参りました」
さらりと薄紫色の髪をなびかせ、客人は微笑む。お祝いと言っても手ぶらだが、はて。女が小首を傾げると、男は歌い始めた。まだ幼い王子と王女に捧げる歌。生まれたばかりの赤子はそれぞれの父母によく似ている。金色の瞳の王子と翡翠色の瞳の王女は、男を見上げては不思議そうに目を瞬かせている。
甘く柔らかな声は朗々と響き渡り、部屋にいる者たちはうっとりと耳を傾けた。それを面白くないと言わんばかりの様子で夫君が見ているのが、どうにも可笑しくてたまらない。どうやら東国の王は、西国の城で一度会ったはずのこの客人のことを酷く警戒しているらしい。はて、一体あの時は何があったのであろうか。思い出そうにも記憶はふわふわとして曖昧で、女はすぐにそれを諦めた。
歌が終わると、赤子のうちの一人が急にむずがって泣き出した。先ほどまでたらふく乳を飲んでいたのだ。腹が減っているわけでもなく、おしめも濡れてはおらぬ。抱っこか、おもちゃか。夫である王があやしても、てんで駄目である。赤子の世話をする侍女たちが右往左往する中、客人である男は再び朗々と歌い出した。
子守唄ではない。これは恋歌だ。手の届かぬ女に想いを寄せ、遠くからその幸せを祈る男の歌は、東国でも流行りの一曲。選曲にいささか難があるような気もしないではないが、赤子はぴたりと泣き止んだ。母親譲りの透き通った翡翠色の瞳をきらきらと輝かせ、不思議そうにあー、うーと声をあげている。
「おや、面白い。産まれたばかりだというのに、この子もやはり女子。其方が良い男だとしっかりわかっているのであろうな」
ひょいと夫君から赤子を取り上げて客人に抱かせてみれば、すっかり赤子はご機嫌だ。産まれたばかりの赤子は人の顔をぼんやりとしか認識できぬ。小さな手でぎゅっと客人の人差し指を握り返してくるのも、意志を持ってやっているわけではない。ただの動物としての本能だ。それをわかっていて女が軽口を叩けば、客人もまた可笑しそうに言葉を合わせてくる。
「ならば、いずれ求婚者の末席を汚させて頂きましょう」
気取ったように紳士の礼を取れば、その言葉の意味を何一つわかってはおらぬであろうに、赤子は楽しそうに声をあげる。まるでしっかり返事をしているようにも思えて、女は思わず破顔した。
「何と、其方は見る目がある。この男は確かに良い男であるな」
にこにこと女が笑うのとは裏腹に、夫君が部屋の隅で血の涙を流しているのが見えた。全く、少しは懲りれば良いのだ。産まれてから赤子にべったりで、執務はたまる一方である。何より兄弟揃って、赤子の衣装を買いすぎなのだ。すぐに大きくなる赤子に、毎日新しいものを着せてもまだ余るほどに衣装を用意してどうなるというのか。これで少しは冷静になれば良いのだと言外に告げて、女はにっこりと客人の腕の中の赤子に微笑みかけた。
当話は、あっきコタロウ様 作「そしてふたりでワルツを」https://book1.adouzi.eu.org/n9614dm/から、一部キャラクターをお借りしています。
※お借りしたキャラクターについては二次創作ですので、ワルツ本編のキャラクターとはイメージや行動に差異があります。




