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27.白色情人節(ホワイトデー記念)

登場人物:セイ、ヒスイ

 部屋に帰ると、何故か男が綿花糖わたあめを抱えて鎮座していた。


 自分を猫可愛いがりしてくれる義姉の元から、女が自室に戻ると、男が神妙な顔で床にちんまりと座り込んでいる。大柄な男がぎこちなく座っているのが妙に可笑しい。くすりと笑いをこぼせば、男は困惑したような顔で女に助けを求めてきた。


 どうやら動くに動けぬらしい。さもありなん、膝にあのようにふわふわとした綿花糖わたあめを抱えこんでいるのだ。甘いものが苦手なくせに何故と思ってよく見てみれば、この綿花糖わたあめは何やらすぴすぴと鼻息を立てて、小さく体を動かしているではないか。男の膝にあったのは、綿花糖わたあめではなく小さな白い犬だったのである。


「欲しがっておられましたので」


 ただ男にそう言われただけで、女は胸がいっぱいになるのを感じた。確かにあの日、北の塔から逃げる途中で自分は男に話して聞かせた。子どもの頃からの小さな夢を。叶わぬであろうと思っていた夢を。けれどあの後自分は、男にもっと壮大な望みをねだったのだ。まさか、このような小さなことを男が覚えていようとは夢にも思わなかった。


 愛しい夫の膝の上で、小さな白い犬は幸せそうにくうくうと寝ている。この世には何の憂いもないとでも言いたげな幸せそのものの寝姿に、自然と口元がほころんだ。先ほどまで散々に遊んでいたのだが、ねじの切れたおもちゃのようにいきなり寝てしまったらしい。本当に仕方のないという様子で、男が仔犬をつつく。


「猟犬やら野犬はよく見かけまするが、仔犬の扱いはさっぱりわかりませぬ」


 こわごわと膝の中の生き物を触る男が愛おしくて、女も床に座り込むとそっと男の肩に頬を寄せた。女とて、愛玩用の仔犬をそばに置くのは初めてだ。今まで側にいたのは、侵入者対策の獰猛さが売りの狂犬や、哀れな毒味係しかいなかったのだから。


綿花糖わたあめを抱えて何をしているかと思ったぞ」


 照れ隠しに女が笑いながらそういえば、ちょうど良く仔犬が目を開けた。小さなふわふわとした真っ白い体は、よちよち歩いているのを見てもやはり動く綿花糖わたあめである。ころころと笑いながら、女が綿花糖わたあめと呼べば、賢いのであろう、わんと一声鳴いて女の元に跳ねてきた。


 仔犬はすくすくと大きくなる。袖犬ペキニーズだと思い込んでいた男は、少々戸惑いを隠せない。何せもはやこの仔犬は、服の袖には入れられぬ。しかもまだまだ大きくなるようで、そのがっしりとした脚で今日も男に遊びをねだる。


 そう言えば北の国の小隊から貰い受けたのだったと男は思い出す。なるほど確かにこのふわふわとした毛はあちらの厳しい冬にも耐えうるようである。白い犬のがっしりとした体格は、まさに仕事をするためのものである。この男が、よもや愛玩用の袖犬ペキニーズを所望しているとは、宮中の誰も想像しなかったのであろう。


「まあ良いではないか、いずれ子どもたちの良い遊び相手となろうよ」


 一番上の兄がそういえば、この何とも初々しい夫婦は一瞬にして二人とも顔を赤くする。どうやら龍鳳胎ロンフォンタイに会えるのは、まだまだ当分先のことらしい。


 男が大笑いする横で、ふさふさの白い毛並みを風になびかせながら、大きな白い犬が楽しそうに二人の周りを駆け回っている。

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