25.憐香惜玉
登場人物:香梅、妓楼の主人
東国街の楼閣の主人が、何やら嬉しそうに雛人形を飾り付けていた。
香梅はもうそんな時期が来たのかと、しげしげと人形を見つめた。東国よりもはるか遠い海の向こうの島国に伝わる桃の節句。それをこの楼閣の主人は、毎度毎度飽きもせずに楽しんでいる。いつから始めたのか、もう記憶にないほど昔からの男の楽しみに女は少々呆れていた。
そもそも桃の節句は女児の健やかな成長を祝うのだと聞いている。この店の女たちには見せず、ひっそりと男と女だけが祝う節句。それに果たして何の意味があるのだろうか。女は手持ち無沙汰なのを誤魔化すように、人形を火が点いていない煙管の先で突いてみる。
ちんまりとした人形は、こちらが驚くほどに精巧に出来ている。まるで小人が本当に祭りを楽しんでいるかのようだ。何処か知ったような顔である気がして、女が不思議に見惚れていたその時だ。
「小梅、その男雛が気に入ったのかね」
男が急に声をかけるものだから、ついうっかり煙管で人形を思いきり突いてしまった。そのまま段飾りの下に勢いよく落ちてしまう。慌てて拾い上げるが、無残にも美しい顔はもげてどこぞへ転がってしまったようである。辺りを必死で探すものの、どこにも見当たらぬのだ。
男はおやおやと笑いながら、男雛の体を手に取る。一瞬兄代わりの手の中の人形が、藁で出来た人形に見えたのは気のせいか。思わず頭を振って見直せば、そこにはやはり首のない気の毒な人形が一つあるばかりである。
ごめんなさいと珍しく素直に謝れば、男は気にした風でもなく女に問いかける。
「どうせなら、次はあの男の顔で、男雛を作るのはどうだね」
この人形は、小道具も含め全てこの兄代わりの手作りなのだという。盲いた男がどうやって作るのかなど、女は知らぬ。わかるのは、ここで香梅が是と答えれば、男が願い通りのものを用意するだろうということだけである。
あの故郷の乾いた風のような男は、無事に西国に着いたであろうか。意外と男の方も、この桃の節句とやらを楽しんでいるかもしれぬ。女はもっと苦い想いが溢れでるかと思いきや、自然と胸の内から温かいものが湧き上がったことに安堵する。大丈夫。あの恋は、決して無駄ではなかったのだ。
女は笑って男に不要だと告げる。男そっくりの人形があっても、それは単なる器だ。魂の無い形だけなぞったものなど自分には必要ない。あの真っ直ぐに、『若様』を見つめる男の一途さが女は好きだったのだから。
楼閣の主人はただ一言、残念だと呟いた。何が残念なのかはわからないが、男があんまり無念そうに言うものだから、思わず香梅は子どものように笑い出した。
やはりこの雛人形は、今年も暫く出しっぱなしになるのであろうか。女は何気ない風を装って、男に尋ねてみる。
「それ、桃の節句が終わり次第片付けるのだと聞いたのだけれど……。毎年いつまでたっても出しっ放しにして。お嫁に行き遅れたならどうするの?」
無論、香梅とて、楼閣の女だ。自分たちが、そう易々と外の世界で暮らしていけるなどとは思ってなどいない。けれど、東国人と言うのは縁起にこだわる人種だ。せっかく風水にも拘った楼閣に、そんな辛気臭いものを置く理由は何なのだろうか。
男は、よくぞ聞いてくれたとばかりににっこりと笑って答えた。
「もうしばらくはうちにいて欲しいからね。何ならお嫁に行かず、ずっと此処にいてくれて良いのだよ」
そのまま、両腕を広げて小首を傾げる。
「おいで、可愛い小梅」
子どもの頃なら何の疑問もなくその胸に飛び込んだであろうが、あいにく女も大人になった。ふっと鼻で笑うと、爪先立ち、男の頬に親愛を込めて頬ずりした。そのままぐにぐにと両の手で男の頬をつねりあげる。
「大哥の馬鹿」
そう言って笑う香梅は、何処か嬉しそうに顔をほころばせていた。




