24.舐犢之愛 (3月3日ひな祭り記念)
登場人物:長兄の奥方、ヒスイ
愛しい女達に見向きもされず、男二人はひっそりとうなだれる。
末の弟とその奥方が東国に足を踏み入れたのは、麗らかな春のある日のことであった。それ以来、長兄の奥方は末の弟が連れてきた西国人の奥方を猫可愛がりしている。
この武勇に長けた勇ましい女は、実は根っから可愛らしいものに目がなかった。武人の家に生まれ、兄と弟に挟まれ武芸を磨く姿があまりにもしっくりくるものだから、女自身も恥ずかしがって可愛いものを愛でる姿を他人に見せることは滅多にない。もちろん夫君にも内緒にしている。
当の夫君の方では既知の事実であることを女は知らない。唯一恥ずかしがらずに料理をすることができるのは、女自身が鳥や獣を仕留めることが多かったからだと誰が思おうか。
「まるでお人形さんのよう」
女はうっとりと義妹の目を覗き込み、真っ白な肌を撫でさする。西国人の義妹だが、この東国の衣装がよく似合う。やはり瞳の色に合わせた布地を使ったのは正解だったと、女は一人満足する。そのまま、つつと指を触れさせ頤に手をかけた。
義妹が小さな声で甘く義姉上と呼べば、お姉さまと呼んでと女は応える。その二人の姿は一種耽美的で、それぞれの夫君は思わず顔を見合わせた。
奥方の懐きように、末の弟は歯噛みする。義姉のあれやこれやを奥方は嫌がるどころか、嬉々として付き合っている。母のように姉のように何くれと可愛がってくれる女に甘えているのだ。暇さえあれば、二人で何やらお茶をし、ころころと楽しそうに笑っている。挙げ句の果てに、内緒の話があるのだと女同士で夜まで共に過ごす始末。
仔猫という好敵手がいなくなったと思ったらまた新たな強敵の出現に長兄は嘆き、ようやく東国に辿り着いたにも関わらず独り寝を強いられる末の弟は血の涙を流す。まこと、気の毒な兄弟である。
今日も今日とて、海を越えた島国に伝わるという桃の節句を女二人で楽しんでいる。もともとは夫君二人も混ぜてもらえていたのだが、途中で追い出されてしまった。涙目の男二人を見て、次兄は笑う。なお次兄は、面倒臭いと始めから参加を断っている。にもかかわらず、事の顛末を知っているとは摩訶不思議なことである。
「この人形は夜中に動きそうであるな。きっとかたかたと何かやらかしておるぞと、そういったのは誰です」
「俺だ……」
「この甘酒とやらは甘いばかりでちっとも酔えぬと、一気に飲み干したのは誰です」
「俺だ……」
「良い酒の肴だと、はまぐりを人の分まで食べたのは誰です」
「俺だ……」
「この餅は固いのうなどと言って、勝手に炙り始めたのは誰です」
「俺だ……」
追い出されて当然だと切り捨てる次兄に、自分は何もしていないのにと訴えかける末の弟。けれど男は此方にも味方することなく、あっさりと言い捨てた。
「兄上が口を開けば、ろくなことを言わぬ。何かやり出せば、ろくなことはせぬとわかりきっているはず。同じ男として止めなかったお前も同罪なのですよ」
滂沱の涙を流す男どもを尻目に、次兄はまた帳面の数字合わせに目を戻した。何でも良いが、執務室にまで押しかけて来ないで欲しいものだと嘆息する。
仕方なく一番上の兄と一番下の弟は、酒を呑み交わす。執務室で、である。年若い親子と言っても可笑しくない筈なのだが、これがどうして盛り上がる。如何に己の奥方が可愛いかについて延々と語る酔っ払いを見て、次兄は付き合いきれぬとあっさりと離脱を決めた。もう今日は部屋で休むしかあるまい。
ところが、この酔っ払いどもは、今度は次兄に的を絞り結婚の良さについて語り始めてきた。鬱陶しいことこの上ない。男の顔が少しずつ冷え冷えとした顔になるのにも気づかずに、酔っ払いは語り続ける。
翌日、散々に呑みすぎて痛む頭を押さえながら起き上がる二人。ある奥方は懸命に夫君を介抱しようとして、次兄秘伝の二日酔いに良く効く水とやらを手ずから飲ませ、男を奈落の底に突き落とした。水にはたっぷりの塩と砂糖と酢が入っている。
ある奥方はあくまで塵芥を見るような冷ややかな目で夫君を眺めている。そのまま汚いものでもつつくかのようにつま先で夫君の尻を蹴ると、打ち捨てたままその場を後にした。
奥方の可愛がっている猫が、床に転がる男どもをつまらなそうに見つめている。




