22.盛粧麗服
登場人物:香梅、妓楼の主人
どこか面白がるような声で、男が香梅に首尾を聞いてきた。
盲いた男の髪を梳くのと、その日の装束を選び整えるのは香梅の昔から変わらぬ役目である。本当なら、香梅のように格の高い女の仕事ではない。けれど、香梅は楼閣の主人の大切な小妹妹であるから、誰も二人の関係に口を出したりはしないのだ。
黄金の瞳をした男は、あれ以来度々この店を訪れる。店の女たちはこぞってこの男に秋波を送っていたが、色良い返事をもらえた者はただの一人もいなかった。東国街一の花と言われる香梅でさえも。
女が相手にされぬことを、この男は良く知っている。それをわかっていてこんなことを言うのだ。ただでさえ虫の居所が悪い女は意趣返しすることにした。ちらりと手に持った衣を確かめる。今日は一体どんな色と柄なのかと聞かれて、香梅は曖昧にはぐらかしたまま衣を整えた。
赤を基調とした東国の衣装。贅沢にも金糸と銀糸で、雪の中に咲く梅を表した一品。まるで龍のようにも見える梅の枝ぶりは、臥龍梅というのだと、この衣を仕立てた職人は話していた。それはそれは艶やかな装束は、香梅お気に入りのとっておきであった。
男と女の名前を合わせたようなその衣装。それを女はわざと楼閣の主人に着せた。美しく、鮮やかで意味深なその衣。女物の衣装を着て、ちぐはぐな装いになったところを笑ってやろうと思ったのに、どうしてまたこの男はこんな派手な女物でさえ似合ってしまうのか。
もしかするとこの男は異界に住む妖なのかもしれぬ。そういえば、己は未だ男のしっかりとした齢も知らぬのだ。女はしみじみと男の頭と尻に、ふさふさとした耳や尾がないものか確認する。
「如何だね、小梅。似合っているかい」
もはやすべてお見通しであったのだろう。堪えきれぬというようにくつくつと笑いながら、男は可愛い妹分に声をかける。女は素直に謝るのも癪で、男に是と冷たく応えを返した。
そのまま立ち去ろうとする香梅を、男が呼び止める。
「さあ、小梅、次はお前の番だよ」
にっこりと笑いながら、男は先ほどまで己が身につけていた紫の衣を手に取る。唖然とする香梅の帯をするすると解き、また着付けていく。男が着ていた衣は、焚き染められた香であろうか、ふわりと何やら良い匂いがする。
男の衣装は仕立ての良いものではあるけれど、派手好きの香梅には少しばかり地味にも思える。しかもあろうことか、楼閣の主人は女がさした赤い紅まで拭い取ってしまった。あれほど女の武器を晒してもなびかない男に、果たしてこんな状態で振り向いてもらえるというのであろうか。
「いっておいで、小梅」
女は訝しく思いながらも、そのまま階下へ下る。女は知っているのだ。己の兄代わりが、決して無駄なことをしないということを。これは香梅の悪戯への仕返しではなく、もっと何かしら意味のあることに違いない。
今夜もまた、例の男が来ていた。普段は香梅のことをちらりとも気にしないくせに、今日ばかりは男が女に目を留めたのがわかった。何を驚いているのか、目を見張って己を見つめる男。その姿に女は溜飲を下げたが、同時にまた別の疑惑が頭をもたげる。
果たして男は其方側の趣味なのか、それとも隣の品の良さそうな『若君』が何やら訳ありなのか。何にせよ、楼閣の主人が何かを知っていることだけはやはり確かなようである。女は盲いた兄代わりの顔を思い浮かべ、嘆息する。耳元で、ここにはいないはずの楼閣の主人がくすりと笑ったような気がした。




