18.杞憂
登場人物:長兄、雨仔
西国でも名高い金貸しからの便りを見て、男は少しばかり胃が痛くなったような気がした。
「何だ? 東国は西国から金を借りていたのか?」
ここ最近、やっぱり物を買いすぎたのではないかと兄は首を傾げながら、積み重なった嫁入り道具の山を見上げた。危ういところで均衡を保っているその品々は、うっかり触れば雪崩を起こしそうにも見える。怖いもの見たさからか、ちょいちょいと猫のようにちょっかいを出す兄を弟は軽く諌める。
「馬鹿なことを言わないでいただきたい。国が異国の金貸しから金を借りているようでは、おおよそ国家転覆の危機ですよ」
己の目の黒いうちは、そんなことあってたまるかというように、すぐ下の弟は帳面の束を兄の目の前に突きつけた。冗談なのにといじける兄を見て、男は肩をすくめる。とはいえ、この手紙を寄越した御仁の場合は既に小国を幾つも潰した前科があるため、兄の冗談はまさに洒落にもならないのであるが。
そのまま、城に届いた書状を兄に渡す。びっちりと神経質な細かい字で何枚にも渡って書かれた手紙。その大半が、「孫を不幸にしたら殺す」という内容だと知っていたら、時間をかけて読まなかったものを。男はこっそり嘆息する。
「これは?」
「末の弟の掌中の珠の、爺様からですよ」
「ほほう」
「少しは驚いてくださいよ」
兄はどうでも良さそうに手紙を見つめて、また弟の手に返した。
「横文字の手紙は面倒でならん」
兄にこの手紙を読もうという気力は全くないらしい。仕方なく、東国語に翻訳して男は読み上げる。そもそも相手方も、もう少し簡潔に要件を言えなかったものだろうか。何か要件を認める度に、韻を踏んだり美辞麗句で飾る自国の文化すら、多忙の際には無駄だと判じる男である。要件は短く、的確にが理想だと誰か同意してもらえぬものか。
「孫娘の婚式にはぜひとも参加したいとのこと。また婚式等にかかる費用は、すべてご負担いただけるとのことですよ」
「良かったではないか。お前も金勘定しながら、色々ぶつぶつやっていたであろう。末の弟の奥方も、婚式には血縁がいた方が嬉しかろうて」
能天気に喜ぶ兄は、ここでさらに爆弾を落とした。
「そういえば、何処ぞの草原の族長からも馬と羊が贈り物として届いていてな。やっぱり参加したいそうだ。それから砂漠の……」
さらに何か言いかけた兄の口を片手でふさぎ、弟はひんやりとした声音で問う。
「初耳です。一体いつの時点で、その贈り物と書状は届いたのですか」
「うん? あれはいつであっただろうか?」
指を折りながら数え始める兄を見て、男は少しばかり泣きそうになった。手紙の返事にも気を使うだけではない。諸国から要人が集まるともなれば、失態は許されない。それ相応の覚悟を持って臨まねばなるまい。悲壮な顔をした弟に、兄は気楽に声をかける。
「何か起きても天が崩れ落ちるわけでもあるまいし、そうしけた面をするでない。そんなに心配なら、俺が警護を担当してやろうか?」
「そういう兄上が一番心配なのです!」
弟の心などつゆ知らず、兄はからからと笑う。これはこれは、まさに末弟の人誑しであることよ。大陸の統一も夢ではあるまい。そう言って酒でも呑むかと部屋を出ていく兄を横目に、弟はこれからの準備のことを考えて、目を閉じた。いっそ今すぐに天が落ちてくれば良いのにと思う程度には、疲れている。




