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13.奸智術数

登場人物:セイ、ヒスイ

 東国人の男が、見慣れぬ西国の礼服を身に付けて、宴の片隅で項垂れていた。


 王のたっての頼みとはいえ、やはり着るべきではなかったと男は一人後悔していた。今回の宴は何と年若い令嬢たちもいるではないか。ちらりちらりと、此方こちらを伺う女達の目線が交差する。扇の下で交わされる会話は、嘲笑かそれとも同情か。それほど気になるのならば、いっそ声を出して笑えばいいものを。


 ある程度、男は己の容姿に自信を持っていた。今まで女には不自由したことのない男である。それなりに女受けする容姿であるという自負はあったのだ。けれど、こと西国の衣装に関しては不思議なほど受けが悪かった。袖を通してみた当人はといえば、それこそそれなりに様になっていると感じたにもかかわらずである。


 あの歯に衣を着せず物申す義姉が目を逸らしだんまりを決め込む。仕方がないので侍女達の意見を聞こうと思えば、長兄の影のように張り付いている几帳面な次兄に、そのようななりでうろちょろするなと叱られる。長兄はと言えば、末弟の仮装がいたくお気に召したのか腹を抱えて笑うばかりである。あげく、己まで西国の衣装を着てみようかと言う始末。それ以来、男は西国の衣装に袖を通すのがすっかり嫌になってしまった。


 普段はゆったりとした東国の衣装を着ているせいであろう。この喉元まで締め付けるボタンも、身体の線を強調するような作りも性に合わぬ。一度気になり始めると、もはや煩わしさしか感じなくなり、男は勝手に着崩すことにした。そのまま給仕を捕まえて、度の強い酒を所望すると一気にあおる。


 唇を無作法に手の甲で拭い、此方を覗き見する若い令嬢たちに微笑みかけた。そんなに道化が気になるならば、こちらから近づいてやろうではないか。さあ、笑いたければ笑うがいい。壁際に年若い女たちを追い詰め、人懐っこいいつもの笑みとは異なる大人の顔をした男の顔に、女たちは顔色を変え気まずげに目を逸らした。


 西国の王は、東国人の部下を探していた。


 今日は己のたっての願いで、男には西国の正装をしてもらっている。東国の衣装も良いが、きっと西国のものとて似合うに違いない。それにしてもと女はふと思い出す。お願いをする時には「相手を上目遣いで見て、小首を傾げるのが良い」と侍女に聞いていたが、あれほど効果覿面だとは思わなかったとひとりごちた。その情報の真意を、女が理解することはない。


 男の姿を探すが何処にも見当たらない。さては逃げ出したかと舌打ちしていると、何やら賑やかしい声に気がついた。若い女たちの嬌声も聞こえるが、はて今回の宴でご令嬢が喜ぶような演目などあったであろうか。


 女が近づいてまず初めに見たものは、寝台で美しい男に精を吸われる、あられもない女たちの姿であった。思わずかぶりを振って二度見する。正確に言えばここは単なる長椅子であり、男はただ真ん中に深々と腰掛けているだけである。少しばかり気障きざ台詞セリフを披露したと言えばそれまでだが、この場の問題を引き起こしたのはやはりこの男なのだ。


 この無造作に着崩した服。礼装をそう勝手に着崩してどうするというのだ。胸元ははだけ、捲り上げた袖口からは鍛えられた二の腕が露わになる。日頃感じさせる礼儀正しさは欠片もなく、あるのはただ、だだ漏れの色気ばかりである。どうしたことかいつもは人懐っこい笑みも鳴りを潜め、何処となく嗜虐的で高圧的な眼差しと皮肉そうに釣り上げられた唇が、また女心をくすぐるのだ。奸智かんちけた面をし、明らかに堅気かたぎではないこの雰囲気が似合っているところが余計に始末に負えないと女は頭を抱えた。


 王の一存で男を移動させ、こっそり聞いてみれば、どうせ似合わぬ服を着て皆が笑っているのだろうと心底恥ずかしかったらしい。仕方がないので道化として振舞ってみれば、何故か場は盛り上がらず、しかし女ばかりが集まってくる。どうして良いものやら内心困っていたのだという。


 女は密かに嘆息した。異国の装いが似合わぬのも困るが、似合いすぎるのも困りものである。今後西国の衣装は着てくれるなと言えば、男はほっとしたようにいつもの笑みを浮かべた。

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