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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第三章 アルバスタ篇
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 黒騎士の部隊は、駐留する隊を除き、全員が出立の用意を終わらせていた。

 深夜に、ディモンが王宮から帰ってきた姿を見つけたホーフェンが、各部隊に、日の出と共に出立する旨の伝令を全隊に走らせる。

 出迎えのために砦から出てきたホーフェンの前で、ディモンから降りたクラウスは、いきなりホーフェンに訊ねた。


「出立の準備は?」

「出来てる。すぐに出られるが……本当にもう、お前も帰って良いのか?」


 ホーフェンの疑問にクラウスは頷いた。


「兄上には、雪解けまで任せると伝えてきた。元々、黒騎士は国軍ではない。今回の任務は、アルバスタとの問題を解決する事であって、アルバスタに駐留する事ではないからな」

「て、本気で、雪解けまでノルドに籠る気なのか?」


 慌てたホーフェンに、ノエルは苦笑した。


「さすがにそれは無理だろう。だが、そうでも言わないと、兄上はめんどくさがってここでの仕事をして下さらないだろうからな。王宮は仕事が溜まるだろうから、宰相が働きすぎて倒れる前に、出られる時に王宮に出向いて手伝う事にする」


 ほっと胸をなで下ろすホーフェンに、クラウスはつぶやく。


「……それに、新しい国王に必要なのは、自由の象徴になる騎士ではなく、兄上やトレス殿下のような、国を代表する者としての手本を示せる人物だ。お二人なら、小さな王の指針として、相応しいだろう」


 そうつぶやいたクラウスの表情は、ホーフェンの予想したものではなく、とても穏やかなものだった。

 ホーフェンは、クラウスの中にある、アルバスタとフラガンへの思いが、ようやく昇華されたのを感じた。

 アルバスタとの戦で、クラウスに、団長になれとはじめに告げたのはホーフェンだった。戦場に出ていた団長が戦えなくなり、さらに隊長達が三名も失われていた黒騎士は、その時、新たな主を求めていた。

 ホーフェンの選択に、誰も異論はなかったが、ホーフェン自身は、クラウスの心が、別の主を求めていたのを知っていた。それでも、あの時は、クラウスを立てるしかなかった。誰もが認める強さ、すぐに部隊を立て直せるだけの能力と象徴性を兼ね備えているのが、クラウスしかいなかったのだ。

 穏やかな表情のクラウスを見て、ホーフェンも、ようやく肩の荷が下りた気がした。


「そうだ。お前には言ってなかったが、工作隊が先行して道を作ってる。一週間はさすがに無理だろうが、たぶんお前が行くころには、上までの道筋くらいは出来ているはずだ」


 初めて聞かされた事実に、クラウスは周囲を見渡す。いつ出立したのかわからないが、確かにマーカスがいなくなっている。


「さすが、気が利くな」

「新婚さんを引っ張り出したからな。少しでも早く花嫁さんの元に返してやらなきゃ、一人待ってる花嫁さんもかわいそうだろう」


 それを聞いて、クラウスは、思い悩むように唸る。


「あの人が、大人しく一人でいるとは思えないな。城に帰ったら、あの人の部下ばかりになっていて、酒盛りが毎晩繰り広げられるような事態になってなければ良いんだが」

「……ああ、あり得るな」


 ある意味、目の前の団長よりも、指導力に優れた花嫁である。城に残っている騎士たちや、街の警護兵を部下にしてしまっていることも、大いにあり得る事態だ。

 ホーフェンは、しみじみと頷いてしまい、クラウスに睨まれたのだった。



 ホーフェンの言葉通り、道は見事に整備され、雪もしっかりと取り除かれていた。

 整備されたあとに積もったらしい雪があるため、行きほどの速さはもちろん出ないが、それでも可能な限り、先を急ぐ。

 雪に包まれた景色を、ぬかるんだ道を壊さないようにゆっくりと行軍するのは黒騎士達にとっては毎年慣れたものだが、今年はその行軍も、若干足取りが軽い。

 先頭に立つクラウスに、夫ホーフェンの代わりに付き従うアンジュは、全体の行軍速度を見ながら、周囲に視線を向けていた。


「……ずいぶん先まで道が延びていますね」

「この調子で道ができているなら、十日ほどもあれば辿り着けそうだな」


 クラウスも、その様子には気が付いていた。

 マーカスの部隊は、作業に手を抜くような事はない。整った道は、すべり止めの石の補修も行われた跡がある。

 ここまで作業して、さらにどこまで登っているのかわからないほど先行しているのは、さすがとしか言いようがなかった。


「部隊の状態は?」

「問題ありません。しばらくは天候も変わりそうにありませんし、今のうちに速度を上げても問題ないかと」

「そうか」


 アンジュの分析を頷いて聞いたクラウスは、先頭に命じて、少し速度を上げた。

 クラウス自身は、ディモンの能力もある。ここまで整った道ならば、おそらく一人で駆け上がる事も出来るだろうに、それをしないのは、まだ経由する村々があるからなのだろう。白に包まれつつあるこの国で、黒馬のディモンと、装備が全て黒のクラウスは、とにかく目立つ。

 変に目立って一人先行し、村の人々を怯えさせると、後々本隊が大変面倒になる事を、クラウスはちゃんと理解していた。


 その日の駐屯場所である村にたどり着き、いつものように村長の家に顔を出すと、なぜかいつもよりにこやかに迎えられた。

 隊の面々も、熱い料理を振る舞われ、歓迎されている。

 クラウスは、不思議に思いながら、村長にその理由を尋ねた。


「雪が降る前に、黒い髪の女隊長さんがいらして、黒騎士団がここで駐屯する時は、これで料理を振る舞って欲しいと、食料を多めに置いていって下さったんです。残ったものは、村の家々で分けてかまわないからと仰って下さいました。今年は冬の蓄えが心許なかったので、皆喜んでおります。ありがとうございました」


 村長の答えに、思わずアンジュと顔を見合わせた。

 心当たりを問うても、アンジュも応えられない。首を横に振るばかりである。

 現在、女隊長は二名、城に残っているが、カンナの髪色は赤金で、レイリアは薄茶色である。双方、どうやっても黒に見えることはない。

 首を傾げつつ、その村で歓待を受けたのだが、その後、通る村全てで同じことが繰り返され、さすがに黒騎士全体に、その謎は広まっていた。


「……特徴を聞くに、カンナが黒に染めたのか?」

「なんのために?」


 隊長達も、顔をつきあわせて考えるが、結局結論は出なかった。

 誰一人、その黒髪の隊長が誰なのか思いつかないまま、九日ほどをかけ、本隊はノルドの城下町にたどり着いた。

 街では、凱旋した黒騎士団を待ちかねたように、人々が家から飛び出してくる。その表情は、すでに雪景色になり、辛い冬を迎えたとは思えないほど明るく輝いていた。

 人の波は、そのまま彼らの行くべき場所への道を知らせるように続く。

 街の一番奥にある、ノルド公爵の別邸に向かって、黒騎士達は、沿道の歓声に応えながら、ゆっくりと進んでいった。


 はじめにそれを見つけたのは、先頭を進んでいた騎士だった。

 別邸の門に、留守を守っていたカンナの隊と、先行していたマーカスの隊が整列し、その中央に、三人の隊長服を身につけた人物が立っていた。

 一人は赤金の髪のカンナ。もう一人は薄茶色の髪のレイリア。そしてもう一人、先の二人を背後に従えていたのは、村々の噂でさんざん聞かされた、長い黒髪の女隊長。


 その姿を目にしたとたんに、クラウスは先頭部隊から勢いよく飛び出していた。


 ディモンと一体になり、一瞬にして別邸の門に飛び込んだクラウスは、その黒髪の女隊長の前にたどり着くと、ディモンから降りるのももどかしげに、その人物にディモンの背の上から飛びついた。

 掻き付くように飛びつかれたその人は、微笑みを浮かべ、しっかりとクラウスを受け止めていた。


「ほら、あたしの言った通りじゃないか。ちゃんと見分けたよ」

「あの距離で見分けるとは思わないわよ、普通……」


 にやりと笑うカンナを睨み付けながら、レイリアが軽く額を押える。

 そんな二人も目に入らないとばかりに、しっかりと抱きついたクラウスに、穏やかな声が告げた。


「……お帰り、クラウス」

「ただいま帰りました。……サーレス」


 サーレスの微笑みを見上げながら、クラウスはその姿を繁々と眺めていた。


「……染めているんですか? それにしても、長さが合いませんが」

「鬘だよ。しっかり止めてあるから、簡単に外せないのが困るところだな」

「隊長服も……。これは、カンナのものですか?」

「ああ。似合うかな」

「とてもよくお似合いです」


 サーレスの笑顔に釣られるように、クラウスの顔にも笑みが浮かぶ。


「いろいろ、伝えなければいけない事はあるが……ひとまず、無事でなによりだ」

「私も、伝えたい事はたくさんあります。……留守番、ありがとうございました」


 しっかりと抱き合ったままの二人の周囲に、事態に気が付いたらしい隊長達が集まってくる。

 先にたどり着き、カンナとレイリアに頼まれて奥に隠れていたマーカスも姿を現した。


「これ、サーレスなのか!」

「なぜ、サーレスが隊長服を?」


 ロックとキファの疑問に、マーカスは首を振り、理由を知る二人の女隊長は、笑って肩をすくめただけだった。


 黒騎士の面々が、噂の、黒髪の女隊長の正体に驚き、ざわめく中、冷静な表情で、抱き合う二人の様子を見ていたアンジュが、そっとクラウスに耳打ちした。


「ディモンが、荷物を外して欲しそうに見ています。他の者は触れられませんし、お先にあちらの作業をお願いできますか。そろそろ暴れそうです」


 アンジュの言葉に、抱き合う二人が揃ってディモンに視線を向ける。

 ディモンは、確かに、何か言いたげな表情で、じっとクラウスを睨み付けていた。

 冬装備のために、いつものように無理矢理外す事も出来ないらしく、あきらかに物騒な気配を漂わせながら、周囲に遠巻きに見られていた。

 仕方なさそうに、ようやくサーレスから離れたクラウスは、ディモンに乗せていた荷物を外しにかかった。

 その隙を見るように、アンジュはサーレスの腕をとって、クラウスから少し離すと、小声で話しかけた。


「ホーフェンから伝言です。『申し訳ないが、しばらくノエルと一緒に過ごしてやってもらいたい』だそうです。あちらにいる時、結婚してから一晩しかこちらで過ごせなかったと拗ねていたノエルに、邪魔はしないと約束してしまったそうで……。本人は、国境砦に駐留になってしまい、あなたにお詫びできないからと、伝言を預かりました。本人がいれば、土下座してお詫びするところなのですが……。申し訳ありません」

「……しばらく?」

「重ね重ね、すみません。本人が納得して出てくるまで、邪魔はしないとも約束もしてしまったそうです。期間は私どもでもわかりません」


 アンジュからその話を聞き、しばらくぽかんとしていたサーレスは、突然耳まで真っ赤に染まったかと思ったら、その場で踵を返し、館の中に駆け込んでいった。

 それが何を意味しているのか、ようやく理解したらしい。

 突然その場から逃げていったサーレスに、クラウスも驚いて振り返ったが、ひとまずディモンの装備を外さないと、この馬は平気で館内まで追いかけて来かねない。日頃の冷静さを感じさせないほどに慌てたクラウスは、素早く全ての装備をディモンから外すと、荷物もそのままに、サーレスを追いかけて館の中に駆け込んだのだった。



 それから二人は一週間、部屋から姿を見せる事はなかった。



 二人が部屋に閉じこもっている間に、館に揃った隊長達は、全員一致でサーレスに黒騎士の紋章が入った服を贈る事を決定した。

 一週間後、ようやく顔を見せたクラウスにそれを伝えると、喜び勇んで作業を始めた。


 作られた服は二着。

 一着は、普通の隊長服と同じ素材の白の布で、剣を握る利き腕にカセルア王家の紋章を、盾を握る腕にルサリスの紋章を入れ、そして、白の糸で背中一面に、夫と同じように黒騎士の紋章が入れられた隊長服が作られた。

 そしてもう一着、クラウスとまったく同じ場所に同じ刺繍が入れられた、黒で作られた団長服だった。

 

 サーレスは、その二着を、驚きながら受け取った。

 白の隊長服は、隅々までサーレスを引き立てるように丁寧に作られており、その姿は凛々しく優雅で、誰もが絶賛するほど、よく似合っていた。

 だが、もう一着の団長服は、袖を通さないまま大切に保管された。団員でもなく、まだこの地に来て間もない自分が、袖を通して良いものではないと、彼女は譲らなかったのだ。


 受け取った隊長服が、ようやく体に馴染むころ、雪解けと共に、別邸から城へ移動が行われた。

 白の隊長服に身を包み、黒の鬘を身につけたサーレスは、クラウスと轡を並べて城の門を潜った。


「不思議だな」


 フューリーから降りて、玄関前で城を見上げながら、ぼそりとつぶやいたサーレスに、クラウスは首を傾げた。


「なにがですか?」

「ノルドに来てから、この城で過ごしたよりも、別邸で過ごしていた期間が長かったはずなのに、この場所に入ったとたん、帰ってきたんだなと思ったんだ」


 柔らかい笑顔でそう告げたサーレスを、まぶしそうに見上げていたクラウスは、にっこり微笑んで、サーレスに手を差し出した。


「おかえりなさい」

「……ただいま」


 サーレスは、はにかみながら差し出された手を取り、クラウスと二人並んで城に足を踏み入れたのだった。


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