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花籠の道と黒の小石  作者: 織川あさぎ
第三章 アルバスタ篇
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 黒の集団は、アルバスタの首都を尻目に、ひたすら草原を駆け抜けていた。

 黒騎士は、武器も防具も、おのおのが戦いやすいようにあつらえるのだが、それぞれの選択した武器と防具によって、ある程度隊が分けられる。

 現在、キファの弓兵隊が、周囲を注意深く観察しながら、部隊の先導を務めている。

 弓兵は、全員がというわけではないが、視力の良い者が多い。中でもキファは、地平線にいる馬が誰の物か当てられるほどの視力を誇る。

 その目を使い、注意深く、部隊を導いていく。

 その周囲を囲むように、ユーリの特殊急襲部隊が囲み、そのすぐ後ろに、ジャスティとロックの重騎兵隊が、その重々しい全身鎧と槍を預けられるだけの大型馬を乗り換えながら続く。

 そして中央に、クラウスを守るように、グレイとアンジュの軽騎兵隊が囲み、後ろに補給部隊の半数の馬車が付く。

 マーカスやマルクスなどの特殊部隊はその後ろに続き、殿をホーフェンの部隊が勤める。

 全ての部隊が、突出することもなく、それぞれの位置を守りながら、脅威の速度で進軍しているのである。


「……あれか!」


 はじめに、その馬車を見つけたのは、弓兵隊の一人だった。その一人は、すぐさま矢筒から一本の矢を引き抜くと、鞍につけられた小さなやすりにその矢尻をこすりつけ、煙が出始めたその矢を、進軍方向の右に高く撃ち上げる。獲物の方角に上げられた矢に向かって、全軍が馬を向ける方向を修正する。


「視界範囲に他部隊なし!」


 キファの言葉が、部隊の各所に決められた伝令役に復唱されていく。

 すると弓兵隊を囲んでいた急襲隊は陣を離れ、一気に馬足を速めると、馬車に迫った。

 馬車の周囲を取り囲む、護衛らしき兵士十数人は、自分達の背後に轟く馬蹄の響きに驚き、一気に混乱に陥っていた。

 急襲隊の面々は、それぞれ手に縄や鞭を持ち、手慣れた様子で混乱した兵士達を馬から落とし、拘束していく。

 隊長であるユーリは、一気に御者席に詰め寄ると、いとも簡単に飛び移り、御者を蹴落とし手綱を奪い取ると、馬車をゆっくりと止めた。

 

 追いついてきた黒騎士の視線を集める中、ジャスティの手によってその馬車の扉は開けられた。

 中から転がり落ちてきた中年の男性を見下ろしながら、クラウスは静かな声で告げた。


「……オーリス=フラガン。再三の我が国からの出頭命令、並びに、ファーライズ公国による帰国命令も無視して逃走を図ったお前を守る者は、もうこの場に無い。今度こそ、罪を償ってもらうぞ」


 周囲を囲む黒騎士を怯えるように見上げたフラガンは、以前、ブレストアの王宮で見ていた時の姿から、ずいぶん縮んだように見えた。

 まだ、四十を過ぎたばかりだというのに、以前は茶色だった頭髪は白くなり、その表情には深い皺がきざまれている。

 アルバスタで守られている間も、来るかもしれない暗殺者に怯えながら暮らしていたのだろう。周囲の厳しい視線を受け、諦めたように項垂れたフラガンは、それでも安堵したように、表情を緩ませていた。

 その姿を見ていた黒騎士達も、安堵の表情を浮かべる者もいれば、その目を覆い、嗚咽をこらえる者など、様々だ。


 ただ、全員の心は、同じだった。

 全員の心がその時、ようやくあの時の戦いは終わったのだと、納得したのだ。


 フラガンを拘束し、補給隊の馬車で護送しながら、今までひたすら駆けてきた道を戻る。

 ふと視線を横に向けると、そこには、ずっと昔見に来た、バストニアの海が広がっていた。

 クラウスは、その海を見ながら、今まで変わらなかった表情を、ほんの少しだけ歪ませていた。



 駆けていた時間の倍ほど掛け、ようやくアルバスタの首都まで帰り着いたのは、はじめにアルバスタとの戦端が開かれ、黒騎士がブレストア軍を離れてから三日後のことだった。

 この付近に駐留しているはずの自国の軍と合流するために目的地に向かっていたクラウスに、先頭を行くキファの部隊から、意外な知らせがもたらされた。


「アルバスタの王宮に、ブレストアとカセルアの旗が掲揚されてるだと?」

「間違いありません。遠眼鏡でも確認しましたが、間違いなく国旗が揚がっています」


 それを聞き、クラウスは首を傾げた。


「……一旦行軍中止。隊長達に集合を掛けろ」

「了解です!」


 伝令が駆けていくのと同時に、すぐ近くにいたアンジュとグレイが、馬を寄せてくる。


「……攻めたんでしょうか」


 アンジュの問いかけに、グレイは首を振った。


「可能性としては低いな。攻城戦は時間がかかる。俺達が離れてから、まだ三日だ。この短時間で、さすがに街を含めて完全に落とせはしないだろう」

「それに、籠城をはじめたなら、私達の帰りを待っているはずだ。可能性としては……あちらから開城したのかもしれないな」


 クラウスの告げた言葉に、アンジュは釈然としないとその表情で告げていた。

 伝令が駆け巡り、行軍はゆっくりと停止する。

 その隙間を縫って、隊長達は、中央にいたクラウスの元に集合した。

 その場に集まった面々の前で、キファは、現在の王宮の異常を詳しく告げた。


「……首都は、戦の煙は上がっていない。ただ、家々の煙は普通に上がっているから、現在は籠城も戦闘も行われていないと思われるんだが」

「その状況で、王宮には、ブレストアとカセルアの旗か……」

「しかし、あのアルバスタ王が、そんな簡単に降伏するかな。一旦意地になると、あの王はなにがなんでも、籠城戦を維持しそうなんだがな」

「……とにかく、本隊と合流しないと、これ以上の状況把握は無理か」


 隊長達が首を傾げるなか、顔を上げたのはユーリだった。


「本隊探すか。王宮はどうする」


 簡単な問いかけに、クラウスは一つ頷いてから、アンジュに告げた。


「部隊を分ける。アンジュ、お前の隊とマルクスの隊で、フラガンをブレストアに護送しろ。マージュにその身柄を預けたら、戻って国境で待機。出発は、明日の早朝で良い」

「了解しました」

「了解」

「それ以外は、この場で待機。周囲を哨戒。敵を見つけても深追いはするな。同盟軍の本隊を見つけたら、すぐに知らせてくれ」

「了解」


 全員が、クラウスの言葉でそれぞれの隊に戻っていく。

 しばらくしてその場に現われたのは、アルバスタ王宮に入っているカセルア王太子からの書状を携えた、梟だった。

 その梟は、以前見た男性ではなく、髪の長い女性だった。

 ただ、色素の薄い容姿と、その目立つ容姿と相反した気配の無さは共通している。

 美人と言っても差し支えのない長身の女は、にっこり笑って口を開いた。


「あなたが、小さな黒狼さん?」

「……梟で、それが私の呼び名として定着しているなら、そうなんだろうな。以前も同じ呼び方をされた」

「じゃあ、これ」


 すっと封筒を差し出した梟は、再び気配を消そうとしている。それを察したクラウスは、その梟を呼び止めた。


「ちょっと待て。せめて、状況を説明してから帰れ」

「それは、その手紙に書いてあると思うんだけど」


 唇を尖らせた女をその場に座らせると、クラウスも正面に座り、改めて問う。


「あの王宮には、間違いなくカセルア軍が入っているんだな?」

「ええ。ブレストア軍は、首都の外壁のすぐ傍に駐留しているはずよ。うちの王子様の部隊は少数だから、王宮の中庭に駐留してる」

「じゃあ、アルバスタ軍はどうしたんだ」

「今、混乱状態で、使い物にならないわよ。アルバスタの王太子様が、自分の両親を塔に幽閉して、勝手に降伏しちゃったから」

「……降伏の宣言をしたのは、王太子なのか」

「その辺の事情も、手紙を読めばわかるんじゃないの?」


 めんどくさがりな梟を前に、クラウスは、胡散臭そうに、預けられた封書を開封した。


「あ、そうそう。目的の人は捕まえた?」

「ああ。翌朝、部隊を分けて、ブレストア王宮に護送予定だ」

「じゃあ、それのついでに、あと二人運べない?」

「……誰をだ?」

「アルバスタの王太子様と王女様。今回の降伏、この二人が首謀したから、ブレストアで正式に国王と停戦の調印しないといけないって。こっちで引き受ける話もあったんだけど、元々ブレストアの組織である黒騎士団が運んだ方が、安全じゃないかな」

「……別に後日、使者が赴いても問題ないんじゃないのか」

「降伏した知らせ自体は、もうブレストアに向かってるの。でも、その調印が終わらないと、ホーセルを撤退させられない。急がないと、ホーセルが来ちゃう」

「……なんだと? まさか、もうホーセルは動いているのか?」

「こっちに向かってた部隊があるでしょう。あれがもう、国境を越えてるの。第五王子が率いていた別働隊の残りもこっちに合流して、合計千四百の部隊が向かってきてる。一応、うちの王子様が、ホーセルの箱入り王子様を引き渡す条件で停戦するよう申し入れをしたんだけど、そのまま行軍を続けてるの」

「使者は来てるのか?」

「ええ。向こうの言い分は、幽閉された王妃と、こちらに捕われた王子の救出らしいわ」

「……そうか。今のアルバスタの王妃は、ホーセル王の妹姫だからか」

「ホーセルは、直系王族を特に大切にする国だから。王妃も一緒に帰さないとだめだって事みたいよ」


 クラウスは、梟のもたらした情報に、思わず唸る。

 そして手元の書状を見てしばらく悩み、そして立ち上がる。


「梟。王宮のトレス殿下の元へ行きたい。案内を頼めるか」

「来るの?」

「来いと書いてある」


 ひらりと見せたその書状には、なんの説明もないまま、大至急王宮に来るようにとだけ書かれていた。

 それを見た梟は、呆れたように肩をすくめた。


「……うちの王子様も、めんどくさがりよねぇ。事情ぐらい、手紙で書けばいいのに」

「めんどくさいんじゃなくて、あの人は相手の反応を見ながら話をするところがある。手紙では、相手がその情報を手にした時の反応は見えないからな」


 たとえ他国の人間だとしても、人の居る場で堂々と自分の主人をめんどくさがりだと評した、本人もめんどくさがりの梟は、よいしょと立ち上がると、近くにいた騎士に王宮に行くと告げたクラウスを確認して、ふわりと飛ぶように、音もなく駆けだした。




 アルバスタ王宮は、クラウスにとっては馴染みのある建物だ。

 まだ祖母が生きている時に、その祖母の使いとして来る母と共に、ここにはよく来ていたのだ。

 クラウスの祖母は、アルバスタの侯爵家の生まれだった。

 彼女は、双子として産まれ、姉はこのアルバスタの王妃に、そして妹は、ブレストアの王妃となったのだ。

 その二人は、お互いが別の国の王妃となった後も仲が良く、頻繁に連絡を取りあっていた。その使者として母はよくここに足を運んでいたのだ。


 ―――母が、自分を堂々と傍に置いていられるのは、このアルバスタだけだった。


 姪という身分は変えられないが、クラリスだった自分が、明るい場所を、母と堂々と手を繋いで歩けた唯一の場所が、ここだった。

 祖母が亡くなって以来、ここに来ることはなくなったが、それでも思い出深い場所であることは間違いない。

 母に手を引かれ、この城の中庭を歩いたのは、朧に記憶が残っている。

 クラウスは、あの海を見るまで、自分という存在の認識がとても薄かった。だから、この建物も、記憶にはあるが、それはまるで夢のような朧気なものでしかない。

 ただ、あの時代のアルバスタは華やかで、カセルアと共に、この大陸の芸術分野の最先端を担っていたのは覚えている。

 その時代の輝きを覚えていたクラウスは、今の手入れもされず、放置された絵や装飾品が、くすんでいるように見えた。


 梟に先導され、部屋に通されたクラウスは、難しい顔で腕を組むトレスをはじめ、ブレストアの各部隊の隊長達が、厳めしい顔をさらに顰めながら揃った姿に、改めて大きなため息を吐いていた。

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