「みっともないからもう男装コスプレはやめろ!」と婚約者に言われた伯爵令嬢は、それでもコスプレがしたい
「キャー!! シナモン様がいらっしゃったわー!!」
「今日のシナモン様のカイン様のクオリティも神オブ神ー!!!」
「心が潤う~~~~」
「やあ、待たせたねみんな」
「「「キャ~~~~」」」
王家が主催するコスプレイベント当日。
今日も私は大人気ロマンス小説である『ウォルタンシアの迷い人』――通称『ウォルまよ』のメインヒーロー、カイン様のコスプレでイベントに参加していた。
カイン様は王立騎士団のエースという設定の、王道のスパダリキャラ!
最近の私の、一番の推しキャラなのだ。
――女の割には背が高く中性的な顔立ちの私は、子どもの頃から男性キャラのコスプレをするのが大好きだった。
この、自分の好きなキャラと一体になった感覚を味わえるコスプレという文化は、人類が生み出した至高の芸術だと思っている。
ちなみにシナモンというのは、私のコスネームだ。
「すいません、目線くださーい!!!」
「ああ、こうかな」
「「「キャ~~~~」」」
私が目線を向けると、一斉に写真魔導具のシャッターを切る音がバシャバシャと鳴り響いた。
嗚呼、このシャッター音の洪水も堪らない……!!
推しキャラのコスプレをして私は楽しみ、そんな私を見て、同じくカイン様推しの仲間たちも楽しんでくれる。
何という好循環!
もう私は、コスプレ無しの人生は考えられないわッ!
「あのあの、シナモン様! 是非、『カインスラッシュ』お願いします!」
「オッケー、任せて」
私は自作した模造剣を右上段に構え、そのまま左下に振り下ろしながら――。
「カインスラッシュ!」
「「「キターーー!!!!」」」
カイン様の必殺技の名前である、カインスラッシュと叫んだのだった。
今日一のシャッター音の洪水が私に降り注ぐ。
フフ、やはりカインスラッシュは、カイン様の代名詞だものね!
特にウォルまよの単行本一巻の終盤で、主人公の聖女ミリアが伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンに襲われ絶体絶命かと思われたその刹那、颯爽と現れたカイン様がカインスラッシュでアブソリュートヘルフレイムドラゴンを瞬殺したところは、何度読んでも号泣必至の名シーンよッ!!
――私もあの時、一生カイン様を推すって決めたんだもの。
「オイ、レオナ! 何をやってるんだこんなところで!」
「っ!? ルトガー様……!?」
その時だった。
真横から私の本名を呼ぶ声がしたのでそちらを向くと、そこには私の婚約者であるルトガー様が、眉間に皺を寄せながらガニ股でこちらに歩いて来るところだった。
な、何故ルトガー様がここに……!?
「また君は性懲りもなくこんなことをして! ちょっとこっちに来いッ!」
ルトガー様は強引に私の手を引く。
「痛ッ!? ルトガー様、私まだイベントの最中なんです!」
「うるさい! そんなこと僕の知ったことか!」
「ルトガー様……」
そのまま私は、ルトガー様に連行されてしまったのだった。
カイン様推し仲間たちの心配そうな視線が、私の背中に刺さっていた――。
「まったく、とんだ赤っ恥をかかせてくれたな」
そして私は、人気のないイベント会場の裏手に連れて来られた。
ルトガー様は腕を組んで、私を睨みつけている。
「……どういうことでしょうか?」
「しらばっくれるな! レオナ、君はリンデンベルク侯爵家の跡取りである、僕の婚約者なんだぞ!? だというのに男装のコスプレなどという低俗なものに現を抜かしてるなんてことが世間にバレたら、リンデンベルク家の名に傷が付くだろうが!」
「――!」
……低……俗。
男装のコスプレが……低俗ですって……!!
「訂正してくださいッ!! コスプレは決して、低俗などではありません!! 人類が生み出した、至高の文化です!! 現に今日のこのコスプレイベントも、王家が主催しているものなのですよ!?」
「フン、とはいえ、主催者は王位継承権の低い、第四王子のジークハルト殿下だそうじゃないか? それではとても、王家が認めているとは言い難いな」
「そ、そんな……!」
「いいかレオナ、上級貴族であるこの僕が低俗だと評価しているんだから、コスプレは低俗なんだよ。それがこの世のルールだ」
「……!」
……くっ!
「これは命令だ。二度とコスプレなんかするんじゃないぞ。いいな?」
「ま、待ってくださいルトガー様! 私の話も聞いてくださいッ!」
「いいや、この話はここで終わりだ。僕は忙しいからこれで失礼する。じゃあな」
「ルトガー様ッ!!」
ルトガー様は私のことを無視して、そのままスタスタと帰って行ってしまった。
「くっ! うぅ……!!」
私はやり場のない怒りに奥歯を噛みしめながら、暫しその場に立ち尽くしていた――。
「……ハァ」
どれだけそうしていただろうか。
最早怒りを通り越して、虚しさだけが胸を占めていた私は、この心の穴を埋めるべく、またイベント会場に戻ることにした。
場合によってはこれが人生最後のコスプレイベントになるかもしれないのだから、今日だけは全力で満喫してやるわ――!
「「「キャ~~~~」」」
「……?」
が、私が会場に戻ると、そこにはかつて見たことないほどの、大量の囲みが出来ていた。
い、いったい何が……!?
今日はそこまで有名なレイヤーさんは参加していなかったはずだけど……?
私は誘蛾灯に誘われる蛾のようにその囲みに近付き、中心にいるレイヤーさんを窺った。
するとそこには――。
「――!!?」
ウォルまよの主人公である、ミリアのコスプレをしたレイヤーさんが、にこやかな笑顔を浮かべていたのである――。
な、何て可愛いの――!!!
サラサラの長い金糸の髪に、宝石みたいに輝く大きな瞳。
純白の聖女の衣装の再現度も完璧で、原作のミリア本人が顕現したとしか思えない、まさに神クオリティのコスプレが、そこにはあった――。
「あ、シナモン様!」
「えっ!?」
その時だった。
ふと目が合った瞬間、ミリアが私のコスネームを呼んできた。
なっ!?
「シナモン様! お会いしたかったです! はぁ、やっぱりシナモン様のカイン様のコスプレ、神クオリティですねッ!」
「あ、いや、あの……」
ミリアがトテトテと人懐っこい子猫みたいに、こちらに駆け寄って来た。
すると囲みの人垣がワッと真っ二つに割れ、私とミリアとを繋ぐ花道のようになった。
ミリアがその花道を駆けて、私の目の前まで来た。
う、うわぁ、こうして目の前で見ると、お人形みたいに可愛い……!!
お肌も陶器みたいにスベスベだし、骨太な私の体格とは真逆で、抱きしめたら折れてしまうのではないかというくらい、可憐で華奢だ。
――嗚呼、ウォルまよの第一話で、カイン様がミリアに一目惚れした時の気持ちが、今ならよくわかる。
こんな天使みたいな存在が目の前に現れたら、そりゃ惚れちゃうわよね……。
「ぎょわあああああ!!!! カイミリよ!!!! カイミリが揃ったわあああああ!!!!」
「あばばばばば!?!? 幻想じゃないわよねこれ……!?」
「指が千切れるまでシャッター切るわよおおおおお!!!!!!」
バシャバシャバシャバシャと、カイミリ推しの人たちから一生分じゃないかってくらい写真を撮られる。
確かにこれだけ再現度の高いカイミリコスプレを目にする機会なんて、まさに奇跡みたいな確率だろうから、さもありなんといったところだわ。
「あのあのあの!! 後生ですから、どうか三巻の表紙を再現してはいただけないでしょうか!?」
「っ!?」
ファンの一人から、とんでもないリクエストが飛んできた。
さ、三巻の表紙、ですって……!?
ウォルまよの三巻の表紙といえば、カイン様がミリアをお姫様抱っこしながら見つめ合うという、ドチャ甘なもの……!!
私も写真を撮る側だったら絶対見たいシチュだけれど、流石に初対面の方とそれは……。
「あ、私はイイですよー」
「――!?」
が、ミリアさんは屈託なく二つ返事でオーケーしてしまったのである。
そんな人の頼みを安請け合いしてしまうところまで、原作のミリアを完全再現している――!!
あなたは本当にそれでイイんですか!?
初対面の私に、いきなりお姫様抱っこなんかされて……!?
「あ、でもー、私結構重いんで、シナモン様が大変かもしれませんね」
ミリアさんが上目遣いで、チラリと私を窺う。
はうっ!?
その様がまたギャン萌えで、私の心臓がドクドクと早鐘を打った。
――くっ!
「いや、私結構力あるほうなんで、全然平気ですよ! もしよければさせてください、お姫様抱っこ!」
何せ毎日百回カインスラッシュの練習してますからね!
コスプレイヤーは体力が命ですし!
「わぁ、嬉しい! じゃあ、お願いしまーす」
ミリアさんがちょこんと、私の目の前に立つ。
本当にやるのね私!? 今……! ここで!
「で、では、いきますよ」
「はい!」
――私はフウと一つ深呼吸してから、蝶よりも花よりも丁重にミリアさんをそっとお姫様抱っこした。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
その瞬間、カイミリ推しの人たちの絶叫と共に、会場を埋め尽くすほどのシャッター音が鳴り響いた。
「大丈夫ですかシナモン様? 重くないですか?」
「え、ええ! 全然平気ですよ!」
心配そうにミリアさんが私の耳元で囁く。
はわわわわわ……!!
背筋がゾクゾクするぅ……!!
しかもこうして至近距離で見ると、ミリアさんのまつ毛、すっごく長い……。
この可愛さの極致とも言えるスーパープリティフェイス!!
いくら眺めていても飽きないわ――!
……ただ、確かにミリアさんは見た目よりは結構重かった。
華奢に見えて、意外と筋肉はしっかりついているのかもしれない。
筋肉は脂肪より重いものね。
――こうして夢のようなコスプレイベントは、瞬く間に過ぎていった。
「本当に今日はありがとうございました、シナモン様! ずっと大ファンだったシナモン様とこうしてお会いできて、夢みたいでした!」
イベントが終わった直後、ミリアさんに満面の笑みでそう言われた。
「いや、こちらこそ! あなたのミリアのコスプレの再現度、まさに神懸ってました。ウォルまよの世界から、ミリアが飛び出してきたのかと思いましたよ!」
「えへへ、シナモン様にそう言ってもらえるなら、頑張って衣装作った甲斐があります」
「えっ!? この衣装、自作なんですか!?」
「はい! やっぱ自分で作ったほうが、愛着も湧きますし!」
嗚呼、やはりこの人は、私の同志なんだ――。
「ですよね! 私もいつも衣装は、自分で作ってるんです!」
「わぁ、やっぱり! だからシナモン様のコスプレには、魂が宿ってるんですね!」
「――!」
魂――!
まさしくそれは私がコスプレをする上で念頭に置いているものなので、今までの努力が報われたようで、目頭が熱くなった――。
「あ、そういえば申し遅れました! 私のコスネームはプリンといいます」
「プリンさん、ですか」
やっぱり聞いたことのないコスネームだ。
これだけのレベルのレイヤーがいたなら、私の耳に入らないはずがないものね。
「失礼ですが、プリンさんはこういったイベントに参加するのは初めてだったりしますか?」
「はい、そうなんです! 前からずっと出たい出たいとは思ってたんですが、どうしても衣装の出来に納得がいかなくて、今まで時間が掛かっちゃったんです」
「なるほど」
そういうことだったのね。
「あの、シナモン様、実は折り入ってお願いがあるんですが……」
「え? あ、はい、何でしょうか?」
「厚かましいのは承知なんですが、もしよかったら、再来月のコスプレイベントでは――私と『合わせ』をしていただけませんでしょうか!」
「――!?」
わ、私がプリンさんと、合わせを――!?
「実は今私、ニャッポリート族の衣装を作っているところでして……」
「ニャ、ニャッポリート族の!?」
ウォルまよの四巻で、カイン様とミリアがニャッポリート族という部族に潜入捜査するシーンがあるのだが、ニャッポリート族の衣装がドチャクソ可愛いので、私もいつか誰かと合わせをする機会があったら、ニャッポリート族の衣装でしてみたいと思っていたのだ。
「もし別の衣装で出る予定だったなら、無理にとは言いませんので」
「あ、いや、まだ衣装は決めてなかったので、それは全然大丈夫なんですが……」
「? 他に何か懸念でもあるのですか?」
「え、えーっと」
初対面のプリンさんに、どこまで事情を話していいものかしら……。
「……シナモン様、私が自分でもコスプレをしてみたいと思ったキッカケは、シナモン様なんです」
「っ!」
プリンさんが真剣な表情で、衝撃の告白をした。
わ、私が……キッカケ……!?
「初めてイベントでシナモン様を見た時のことは、今でも鮮明に覚えています。――シナモン様は数いるレイヤーの方々の中でも、とりわけキラキラ輝いてました! そして何より、心の底からコスプレを楽しんでいるのがひしひしと伝わってきて、見てるこっちまで楽しい気持ちになったんです。――あの日から私にとってシナモン様は、憧れの存在になりました。いつか自分もこの人みたいにコスプレをして、今度はみんなを楽しませる側になりたい! そう思うようになったんです」
「……プリンさん」
嗚呼、まさか私のコスプレが、こんなに影響を与えていたなんて――!
――私は胸がいっぱいになった。
「シナモン様! シナモン様と合わせをするのが、私の夢だったんです! 私に足りないところがあるなら全力で補いますので、どうかお願いしますッ!」
プリンさんは私に、深く頭を下げた。
……そうよね、プリンさんは私を、ここまで誠実に誘ってくださっているんだ。
だったら私も、プリンさんに誠実に向き合わなきゃ――。
「いえ、プリンさんにはまったく何の問題もありません」
「え? じゃあ――」
顔を上げたプリンさんが、困惑の眼差しを私に向ける。
「――実は私、婚約者にコスプレを反対されてしまってるんです」
「……!! そんな……!」
「……私の婚約者は、名門侯爵家のご子息でして。コスプレのことを、低俗だと見下してるんです。だから……」
「酷いッ! コスプレが低俗だなんてッ! こんなに高尚な文化、他にないじゃないですかッ!!」
「プ、プリンさん……!?」
ここまでずっと朗らかな笑顔を振り撒いていたプリンさんが、初めて怒りを露わにした。
こうして大事なものをバカにされた時だけは烈火の如く怒るところとかも、実にミリアによく似ている。
「シナモン様はどう思われてるんですか!? その婚約者の方の言いなりになって、コスプレをやめてしまってもいいと思ってるんですか!?」
「――! それは……」
やめる……。
私がコスプレを……やめる……。
私の生き甲斐と言っても過言ではないコスプレをやめるという選択肢を頭に浮かべた途端、そのあまりの喪失感が涙となり、私の目から溢れた――。
「や、やめたくないですッ!!」
「――! シナモン様……」
「コスプレは、私の全てなんですッ! 誰に何と言われようと、絶対にやめたくなんかありません――!! ……でも」
私が貴族令嬢の端くれであるのも、また事実。
私がここで我儘を言ってしまったらリンデンベルク侯爵家との関係が悪くなり、私の実家にも迷惑がかかってしまうかもしれない……。
「ああもう私、いったいどうしたら……」
私は両手で顔を覆いながら、嗚咽した。
「……シナモン様のお気持ちはよくわかりました。――そういうことでしたら、私に任せてください」
「え?」
途端、プリンさんがキリッと凛々しいお顔になった。
そのお顔があまりにイケメンだったので、思わず私の心臓がトクンと跳ねた。
はわわわわわ……!?
「イベント当日は私が必ず、シナモン様をお守りするとお約束します。ですからどうか私を信じて、私と合わせをしてください! お願いしますッ!」
「……プリンさん」
プリンさんは再度私に、深く頭を下げた。
――この瞬間、私の中から無限に勇気が湧いてくる感覚がした。
そうよ、こんな千載一遇のチャンス、みすみす逃したら一生後悔するわ――!
「わかりました! 合わせしましょう、プリンさん!」
「ほ、本当ですか! わあ、夢みたいです!! 当日はよろしくお願いしますね、シナモン様!」
「はい、こちらこそ、プリンさん」
私はプリンさんと、固い握手を交わした。
プリンさんの手は意外と骨ばってゴツゴツしており、そんなギャップにもまた、私はそれはそれは萌えた――。
「……ふぅ」
そして訪れた、次のコスプレイベント当日。
衣装に着替えた私は、プリンさんとの待ち合わせ場所であるイベント会場の裏口付近で、一人佇んでいた。
ルトガー様に無断でこのイベントに参加していることに対して、今更ながら不安の波がじわじわと押し寄せてきた。
――いや、でも、私はプリンさんを信じるって決めたんだ。
どの道コスプレを諦めるなんて私には無理な話なのだから、こうなった以上、覚悟を決めて全力でこのイベントに臨むだけよ――!
「シナモン様―!」
「――!」
その時だった。
満面の笑みを浮かべながら、ニャッポリート族の衣装に身を包んだプリンさんが、私の前に現れた。
か、可愛いいいいいいいいいい!!!!!!
艶やかな踊り子を彷彿とさせるような布面積の少ない衣装に、全身に散りばめられたシャラシャラした装飾品が、これまた原作を完全再現している。
どうやらプリンさんの胸は限りなく平面に近いようだけれど、そんなところもミリアそっくりで、実に愛らしい。
「わぁ、今日のシナモン様のカイン様のコスプレ、いつも以上に神懸ってますねッ! 心が潤う~~~~」
「そ、そうですか? でも、プリンさんのコスプレも、とっても可愛いです!」
「えへへ、ありがとうございます! あっ、そろそろ開場の時間ですね! では今日は、心ゆくまで二人で楽しみましょうね、シナモン様!」
「はい!」
私はプリンさんと二人で並び、会場へと一歩踏み出した――。
「ぎゃああああああああ!!! ニャッポリート族バージョンのカイミリよ!!! ニャッポリート族バージョンのカイミリがあそこにいるわ!!!」
「おぎゃあああああああ!!! 目がぁ!!! 目がああああ!!!」
「どいて!!! 私はカイミリ推しよ!!!」
私とプリンさんが会場に入った途端、夥しい数のカイミリ推し勢にたちまち囲まれ、果てが見えないほどの人だかりになってしまった。
す、凄い……。
私もコスプレ歴はそこそこ長いけれど、これだけの規模の囲みを経験したのは初めてだわ……。
「シナモン様、さあ」
「――! はい!」
私とプリンさんは予定通り、手と手を取って腰を寄せ合い、ダンスのポーズを決めた。
これぞウォルまよ四巻の表紙イラストのポーズであり、カイン様とミリアがニャッポリート族の族長の前で一夜漬けのダンスを披露しているワンシーンだ。
この、不慣れながらも一生懸命踊ろうと頑張っている感じが、実によく原作を再現できていると、我ながら思う。
プリンさんの真剣な表情も、まさに四巻の表紙のミリアそのもの!
やはりプリンさんは、天賦の才を持ったコスプレイヤーだわ――。
「「「ぎょわああああああああああああああああああ」」」
カイミリ推し勢の絶叫と共に切られる、無限のシャッター。
――嗚呼、私、コスプレをやってきて、本当によかった。
「レオナ! イイ度胸だなッ!」
「――!!!」
その時だった。
どこからともなく、私の本名を呼ぶ声が――!
「オイ、どけ!」
「きゃっ!?」
「ル、ルトガー様……」
ルトガー様が人垣を無理矢理こじ開けて、私の目の前に立たれた。
あ、あぁ……。
「あんなに言ったにもかかわらず、僕の命令を無視してそんな馬鹿げた格好でこれほどの人前に立つなんて、どれだけ僕の顔に泥を塗れば気が済むんだ!? アァ!?」
ルトガー様は腕を組みながら、鬼のような形相で私を睨みつけている。
……くっ!
「……ルトガー様、私は……」
「何だ? この僕に口答えするつもりじゃないだろうな? あ?」
「――!」
一切の反論を許さないような、絶対的な威圧感を放っているルトガー様。
その生まれ持った強者の空気にあてられ、私の全身の細胞がガタガタと震えている――。
うぅ……!
やはり私では、ルトガー様には勝てないの……?
「――シナモン様」
「……!」
その時だった。
プリンさんがウォルまよの第一話でミリアがカイン様に向けた、天使のような笑みを浮かべながら、私の手をギュッと握ってくれたのだった――。
――プリンさん!!
――この瞬間、私の中から無限に勇気が湧いてくる感覚がした。
そうだ、私にはプリンさんがいる――。
プリンさんが側にいてくれる限り、私はルトガー様にも絶対負けないわ――!
「カインスラッシュッ!!」
「う、うわぁ!?」
私はいつもの自作した模造剣を右上段から左下に振り下ろし、カインスラッシュでルトガー様を斬るフリをした。
ルトガー様は私の気迫に気圧されたのか、その場で尻餅をついた。
「……ルトガー様、これが私の答えです」
「くっ、貴様ァ!! フザけやがってぇ!! やはり貴様のような低俗な女は、僕の妻には相応しくないッ! ――今この時をもって、僕は貴様との婚約を破棄するッ!!」
ルトガー様は顔を真っ赤にして立ち上がりながら、そう宣言した。
「――承知いたしました。その婚約破棄、謹んでお受けいたします」
お父様、お母様、ごめんなさい――。
やはり私は、貴族令嬢失格のようです――。
「フン、覚悟しておけよ! リンデンベルク侯爵家を敵に回した以上、貴族社会で生きていけると思うなよ?」
「――!」
ルトガー様が嗜虐的な笑みを浮かべる。
……くっ。
「あと、このコスプレとかいう低俗な文化も取り潰すべきだ。早速僕から父上に頼んで、こんなくだらないイベントは、今日限りで廃止にしてもらうことにしよう」
「……なっ!?」
そんな――!!
「おやおや、それは主催者として、聞き捨てならねぇなぁ」
「「「――!?!?」」」
「…………は?」
その時だった。
ドスの効いたハスキーボイスが、私の真横から聞こえてきた。
――その声は、プリンさんから発せられたものだった。
んんんんんんんん!?!?
「そ、その声……!? まさかお前、男か!?」
「ああ、そうだぜ。見りゃわかんだろ?」
えーーー!?!?!?
プリンさんて、男性だったんですかああああああ!?!?
いやいやいや、「見りゃわかんだろ?」と言われましても!!!!
見た目は完全に可愛い女の子ですけど????
……でも、言われてみれば諸々腑に落ちるのも確かだ。
意外と筋肉質な身体だったり、手が骨ばってゴツゴツしていたりというのも、男性だと考えるなら自然ではある。
……とはいえ、こんなに可愛い子が実は男性でしたと急に言われても、脳がその情報を未だに処理しきれていない。
つまりミリアのコスプレをしている時のプリンさんは、声を女性っぽく作っていた……ってコト!?
このハスキーボイスが、プリンさんの地声なの????
し、しかも今、プリンさん……。
「そんな……。しかも今、主催者、って……。まさかあなた様は――!」
「ああ、俺がこのコスプレイベントの主催者――第四王子のジークハルトだ」
「「「――!!!」」」
プリンさんは懐から、王家の証である双頭竜の紋章を取り出し、それをルトガー様の眼前に掲げられた。
あ、あぁ……、本当にプリンさんが、ジークハルト殿下だったの……!?
「あ、あばばばばば……!!」
今になって、よりによってジークハルト殿下の前でとんでもない失言をしてしまったことを自覚したのか、ルトガー様は全身から脂汗を流しながら、奥歯をガタガタ鳴らしている。
「主催者として、場を乱すような不届き者は、看過しちゃおけねえな。オイお前ら、コイツを摘み出せ。そんで一生出禁にしろ」
「「「ハっ!」」」
「なっ!?」
ジークハルト殿下の号令で、どこからともなく大量の警備員が駆けつけ、ルトガー様を拘束した。
「も、ももももも申し訳ございませんでしたジークハルト殿下ッ!! あれはちょっとした、言葉の綾だったのですッ! どうか今回だけは、寛大なお慈悲をッ!」
「ダメだ。俺のコスプレを侮辱したお前を、俺は絶対に許さねぇ。――二度と貴族社会で生きていけると思うなよ?」
「あ、ああぁ……」
本当に、哀れな人……。
とはいえ、私もジークハルト殿下と同じ気持ちだから、どんなに謝られても許すつもりはないけど。
「ああそうだ、最後にこれだけは言っておくぞ」
「え?」
ジークハルト殿下……?
「――文化に貴賤はねえ。どんな文化にも、そこには先人たちの尊い魂が宿ってるんだ。それがわからないような人間に、人の上に立つ資格はねぇよ」
「う……うううぅぅ……」
「――連れて行け」
「「「ハっ!」」」
「うわああああああああああああん」
子どもみたいに泣きじゃくるルトガー様は、警備員たちに連行されていった――。
……さようなら、ルトガー様。
「さっ、みなさん、イベントはまだまだ始まったばかりですよ! じゃんじゃん楽しんでいきましょー」
「「「っ!?」」」
ジークハルト殿下の声色が、一瞬でプリンさんのものに戻った。
す、凄い……。
この方こそが、コスプレイヤーの鑑だわ――。
今や私はジークハルト殿下――いや、プリンさんに、畏敬の念とも呼べるものを感じていた。
「さっ、シナモン様も!」
「あ、は、はい……!」
またプリンさんは、私の手をギュッと握ってきた。
でも、ついさっきまでと違って、これが男性の手なのだと思うと、私の心臓は自分のものじゃないみたいにドクドクと暴れ出した。
あわわわわわ……!?
「――シナモン様」
「……え?」
その時だった。
私の手をグイと引き寄せたプリンさんが、耳元でこう囁いた――。
「――もう一生、離しませんからね」
「――!!?」
プリンさんは天使とも悪魔とも取れるような、それはそれは蠱惑的な笑みを浮かべたのだった。
――『事実は小説より奇なり』という言葉が、私の頭の中で反響していた。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売される『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




