第32話 可能性は摘んでおくべきだろう
読んでくださりありがとうございます。ついにマシューたちは深淵城へと足を踏み入れました。
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深淵城
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転移が終わりマシューはゆっくりと目を開いた。見渡して見ることの出来る景色は先程とほとんど変わらない。変わった点があるのならば目の前に外へ出る入り口があるくらいだろうか。
「……ここが深淵城」
「ほとんど景色は変わってないけどな」
振り返るとレイモンドがこちらを見て笑っている。レイモンドも転移を無事終えたようだ。その後ろにはエルヴィスたちの姿も見えた。
「……ふふ、《七つの秘宝》を全て身につければそうなるのか。こうして見るとマシューは勇者の格好が似合うな」
レイモンドはマシューの姿を上から下まで見てニヤリと笑った。マシューは今までの装備から変えて《七つの秘宝》を装備していたのだ。それは勇者として魔王へ挑む覚悟の現れである。別に似合わなくても何ら気にしないのだが、似合っていると言われれば嬉しいものである。マシューは照れ笑いを浮かべた。
「……こほん、話を戻すぞ。この場所はさっきまでいた浮遊城とかなり似た建物だ。ともするとまだ浮遊城の中にいるのではと錯覚してしまう。……だが、ここは深淵城で間違いない。浮遊城の入り口がある階層に下り階段は存在しないからね」
深淵城は言ってしまえば裏の世界にある浮遊城である。それ故に建物の構造もよく似たものとなっているのだ。浮遊城と異なる点はただひとつ。浮遊城はひたすら上に上がる建物であるのに対して深淵城はひたすらに下へ下る建物なのである。先へ進みたければ下り階段を降りていくしかない。
「……今度は下り階段か。まあ、上り階段よりはいくらか疲れないだろう」
「そうだな。適宜休憩も取りつつ慎重に進んでいこう」
こうしてマシューたちはマシューを先頭にして深淵城の地下へと下って行った。先の見えぬ暗闇が徒に不安を煽ってくる。だがそんな暗闇ではマシューたちの覚悟を揺らすことは出来ない。
「……次かな」
地下8階から続く下り階段に足を踏み入れマシューはそう呟いた。浮遊城と構造が同じならば魔王がいるのは入り口から9階層分降りた地下9階であろう。流れからすれば次の階層に魔王がいるはずなのだ。
「何、俺たちなら大丈夫。魔王だって敵じゃないさ」
「ああ。ここにいるみんなで魔王に勝とう! 俺たちなら出来るさ」
マシューはそう言って後ろを振り返った。レイモンドが、エルヴィスが、エレナがそしてニコラが。マシューを信頼し、その表情に自信を漲らせている。そのことがマシューにとっても自信となるのだ。さあ、後は前に進むだけである。マシューはさらに続く下り階段をゆっくりと降りていった。
……そして地下9階へと足を踏み入れた。この階層は今までとは全く雰囲気が異なっている。下り階段はもう先はなく途切れており、空間の奥には椅子がぽつりと置かれていた。今まで見たどんな椅子よりも豪華に装飾されたそんな椅子にたった1人が座っている。間違いない。あれが魔王である。
「……存外、早いものだな。こんなにも早く新しい勇者が訪れるとは思わなかった」
低く響き渡るそんな言葉を発した魔王はゆっくりと椅子から立ち上がった。立ち上がることでマシューたちは目の前の魔王のサイズがどれほどであるかを実感したのである。彼の大きさは実に標準的な人間のそれと同じであった。
「……お前が魔王なのか?」
「……ふむ、5人か。前の勇者よりも身の程を弁えていることは褒めてやろう。……だが、そんなに油断していては何の意味も無いがな」
まるで人間のように見える魔王に戸惑ってしまったために魔王の発した言葉に対する理解が遅れてしまった。それ故にマシューたちは何をしてくるかまったく見当もつかない魔王に対して後手を取ってしまったのだ。マシューの目の前で魔王はその姿を消した。
「……1人目」
「っ!」
エルヴィスの目の前に急に現れた魔王はいつの間にか手にした杖でエルヴィスを思い切り殴り飛ばした。予想もしていない不意打ちにエルヴィスはなす術なくそのまま壁に叩きつけられ動けなくなってしまった。
「エルヴィス‼︎」
「……2人目」
エルヴィスが殴り飛ばされたことにいち早く気付いたのはエレナである。エルヴィスを回復させるために杖を取り出そうとした。それ故に魔王の標的となったのだ。魔王はエレナの目の前に急に現れると思い切り殴り飛ばしたのだ。やはりエレナもまたエルヴィスと同じように壁に叩きつけられ動けなくなってしまった。
この間僅か10秒足らずである。何の行動も起こさないままマシューたちはエルヴィスとエレナを欠いてしまったのである。あまりにあっけなくマシューは言葉が出なかった。振り返るとそこにいるのはレイモンドとニコラだけ。エルヴィスとエレナの姿はそこには無かった。
「相手が何をするか分からない時、先手を取るのが最も重要なことだ。まず狙うのは後衛。魔力は感じられんがあれは後衛だろう。どうやら杖が武器のようだからな。後衛を潰せば回復役が動き始める。だから次はそこを狙う。これで貴様たちは後衛と回復役を2人失ったことになる。……まったく我の前で油断して呆けているとはな。見くびられたものよ」
見くびっていた訳ではない。マシューは既に聖剣クラウ・ソラスの柄を握っていたし、レイモンドはシュバルツスピアを構えていた。ニコラも迎撃体制は万全である。前衛である3人に不意打ちが飛んできたならばあるいは対処出来ていたかもしれない。だが魔王は3人ではなく後ろの2人を狙ったのだ。狙いは言葉の通りである。
「……ふむ、少しは揺らぐかと思ったが、存外骨はあるようだ。何かの間違いでその聖剣が我を貫くこともあるやもしれん。……だからこそ可能性は摘んでおくべきだろう」
何をするつもりだろうか。次も見逃すわけにはいかない。マシューは何が起こってもいいよう聖剣クラウ・ソラスを握る手をさらに強めた。
次の瞬間聖剣は砕け散った。繊細なガラス細工を床に投げつけたかのようにあっけなくマシューの目の前で聖剣クラウ・ソラスは砕け散ってしまったのだ。
「……【武器破壊】」




