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孤高と日輪

お待たせしました。


 密林を抜けた瞬間、景色が真っ白な氷雪地へと変貌した。

 寒冷に覆われた別空間。

 密林との狭間はその境界線と認識する他無い程の急激な気候変化だ。


 氷雪地帯に入った直後、ルティアはリーチェを一度下ろし、ギルド受付嬢シーナから貰った初心者用支給袋二つから毛布を取り出した。

 一枚をリーチェに渡し、もう一枚を端を結び、外套の様にして自分の体に纏い氷山へと足を踏み入れる。


 氷が薄く張り、小さく埋もる雪の山道をルティアはリーチェを抱えながら駆け登る。

 ドーラは自分の背にいるソリトの指示で、少しでも発見されにくくする為に、低空飛行で昇っていく。


 暫くして、【気配感知】が二つの気配を捉えた。

 一つはシュオンで間違いないだろう。

 しかし、もう一つの気配がソリトには分からなかった。

 何処か覚えのある気配ではある。ただそれが誰なのかは思い出せなかった。


「聖女……急げるか」

「すみません。雪に足を取られてこれ以上は…」


 氷雪地帯の氷山の標高は(およそ)三千六百。

 ルティアは夜中の間で、人一人抱えて既に千五百メートルと半分近くも登っている。普通の山越えと似た条件下で考えれば十分過ぎる程のハイペース。

 だが、それを急速で二つの気配が詰め始めていた。

 今のペースでは山を越えるよりも先にソリト達に追い付いてしまう。


「ルティアお姉ちゃん、リッちゃん背中に乗せるんよ」

「それだとドーラちゃんのペースが落ちて今がありません。それよりも先に…」

「……その前に…お互い横に避けろ!」


 ソリトが気力を振り絞って叫ぶ。

 ルティアとドーラは距離を取る様に左右に避けた。

 次の瞬間、そこに大きな影が山に衝突した。

 雪の弾ける激しい炸裂音がソリト達の目の前で響き、月光に照らされ煌めく。


 一瞬注目してしまいそうなその光景は、雪を大波のように激しく立たせて、ソリトに向かう大きな影から視線を反らす罠の様に周囲に舞い散る。

 ソリトはそんな事に目もくれず、重い体を起き上がらせ、ドーラの背から降り防御体勢を取った。


「ふん!」

「ぐ………っが!」


 一撃が顔の前に構えた腕と衝突した瞬間、体勢は崩れること無く攻撃を受け止めた。

 だが、それは一瞬の事だった。

 直後、力が上手く入らず、ソリトの体は後ろに吹っ飛ばされた。


「追い付いたぞ、【調和の勇者】。悠々自適にドラゴンの背に乗って睡眠とは、随分余裕だな。余程逃げ切れる自身があるとみえる」

「【日輪の勇者】グラヴィオース…様」

「うむ。どうやら聖女お二方はご無事でなりよりだ。他に少女が一人いると聞いたが、いないな。それとゆっくり話をしている暇は無いようだな!」


 雪がクッションになったお陰で十メートル程吹っ飛ばされても、防御力の高い事もあって無傷だった。

 ソリトはルティア達に話し掛けている男の声を呆然と耳にしながら、立ち上がる。

 ソリトが顔を上げると、拳を構えながら大男が視線を向けていた。


「一方的…か」

「思い切り殴った筈なのだが無傷とはな。無理矢理パーティ編成をさせて自身のステータスを向上でもさせたか!」

「……ふざけるなよ」


 無理矢理させる。クロンズがルティアを襲おうとした時と同じ行動をお前はしている、そう言われているようで虫酸が走る。

 最初から人の話を聞こうとしない言動に苛立ちが募る。

 その瞬間、ソリトの気配が変わった。

 その眼は静かに殺気を含み、大男、【日輪の勇者】グラヴィオースを射貫く。

 一瞬、殺気に体が反応を表したが、グラヴィオースは気圧されること無く、聖武具と思われる白銀のガントレットを着けた拳を構えながら、ソリトへと飛び掛かってくる。


「俺は、一人だ……!」


 ソリトもグラヴィオースに向かって走りながら、聖剣を振るって反撃に出る。


「!?」

「受け止められるとは思っていなかった顔だな」


【剣士】、【剣豪】、【拳士】。この三つのスキルを加えての剣撃を受け止められるとは思っておらず、驚きを隠せなかった。

【破壊王】は敏捷と防御力を落とす為に使わず、【剛力】、【金剛】、【瞬足】は魔力を消費するため使えない。

 魔法強化も当然使えない。


 それでも自分のステータスなら力が上手く入らずとも、補正すれば押し勝てるとソリトは予想していた。

 しかし、結果は拮抗。

 自身が思っている以上にソリトは体に上手く力を入れることが出来ていなかった。


「俺を、舐めてくれるな!」


 その言葉を皮切りに聖剣(けん)聖拳(けん)の打ち合いが始まった。

 幾度と無く衝突音が繰り返し響く。

【思考加速】と【予測】を使い動きを最小限に留めて、攻撃を受け流し、時に回避で体力の温存をしながらソリトは反撃のチャンスを伺う。

 その間に、ソリトの意識は何度か点滅していた。


 もう一つの気配、シュオンの方は少し時間が掛かるようだ。

 距離は目視ではまだ出来ない距離だが、それでもあと二分程で辿り着くだろう。その前に目の前の男をどうにかして、山を越えるか一対一に持っていけるようにしなければいけない。

 グラヴィオースの言動からして狙いは自分のみ。

 他は保護対象という構図なのだろう。となれば、今の状態で二人を相手にするのは些か厳しい状況となるのは明確。


 時間を掛ければ何とかなるかもしれないが、ソリトに悠長に時間を掛けられる体力も精神力も魔力も残っていない。

 それに、ソリトは二人だけでここまで来るとは思えなかった。

 後から騎士や勇者二人の一行が来る可能性を考えている。

 また、カロミオの言葉を聞き入れられずに来る冒険者達の可能性をソリトは捨てていない。


 それは何故か。

 中央都市を一度訪れ、行ってきた聖女としてのルティアの行い、今回の件を加えて信仰や信頼が厚くなっているからだ。

 何より、ソリトの件を知っている冒険者達がいて可笑しくない。


「くっ…」

「ハッ!」


 焦りは禁物。

 だが、焦るしかないようなこの状況下で平静を保つ事は今のソリトには難しかった。

 拮抗が続く。その一方で、ソリトの動きが時間と共に劣化し、防御に回る事が増えていく。

 それに比例するように、グラヴィオースの拳撃の速度が上がっていくような感覚に陥る。


「……って……ってください!」


 ルティアが何度も叫ぶ。

 しかし、交差する衝突音が周囲の声をかき消し、意識を保つ事と相手の動きに集中して喰らい付いている為に、ソリトは聞き取れていなかった。

 グラヴィオースもルティアの声を聞き取れていないらしく、ソリトへ攻撃を続ける。


「どうした。何を焦っている!」


 何とか一撃を加える度に距離を取ろうと、ソリトは試みる。が、距離を取ろうとしてはグラヴィオースが迫ってくる。


 もうすぐ一分が経過しようとしていた。

 その時、ようやくソリトはグラヴィオースと距離を置くことが出来た。



『スキル条件達成。スキル【不屈の戦士】獲得』

次回はルティア視点

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